第11話


一早く向かったのは下宿先の宿屋だった。


加奈子が源一郎の母親、八雲カヨを看病している場所。もしかしたら村人に先回りされていたかもしれないと危惧したがその心配も杞憂に終わった。不思議なことに宿屋には誰もいなかったのだ。


加奈子は一人で看病を続け、誰にも任せないままどこかに消えたのか。

なかなかにおかしい状況だ。


すぐに中に入りカヨの脈を確かめる。


「……はぁはぁ」


息はしているが鼓動が早い。口元が弛緩しているのがわかる。

微量の神経毒が盛られた可能性がありそうだ。


一体誰が……。


八雲カヨに恨みを持っていた人物などいただろうか。至って普通な老婆で失明もしているのにこんな追い討ちする人間など正気じゃない。

最も考えられるのは山神だが何のためにこんな掌を返すような真似をするのだろうか。


何通りもの可能性が浮かんでは消える。


カヨの顔色を確かめる。額に手を当て熱を測り、肩を叩き安否を確かめた。


「おばさん、聞こえますか?」


「あぁ……あぁ……」


額に脂汗を滲ませ辛そうだ。


「少し辛いかも知れませんが我慢してください」


蓮はほのかに熱を与えた。この年齢では熱も満足に出せていなかったのだ。

蓮の手からカヨの額に。体内の細胞が活性化する程の適温にしなければいけない。


うん。命に別状はなさそうだ。うなされてはいるが時間が経てば落ち着くだろう。


一先ず安心だ。この人に死なれると今後の計画に関わってくる。

胸を撫で下ろすと外から源一郎の声がした。意外と早い。

蓮は戸が開くのと同時に窓から飛び降り宿の影に隠れた。

そっと息を殺し中の様子を窺う。


「おばあちゃん、源さん連れてきたよ!」


「お袋! 大丈夫か!」


加奈子と源一郎だ。加奈子は源一郎を呼びに出ていたのか。行き違いになっていたとはタイミングがよかった。


だが姿を見せたのはたった二人。三丘家にいた男二人は来ていない。高良や沙希、トキは大丈夫だろうか。


一通り母親の容態を確認すると源一郎は食いしばった口を開いた。


「やっぱりあいつらのせいだ。あいつらが山神に余計なことを吹き込んだんだ」


「きっとトキが何か知っているはずよ。あいつから問い質しましょう」


加奈子も昨日の印象からはだいぶ違う。強い口調で冷たいことを言う二人に呆れを通り越して脱力した。


「高良は、村の奴らに裏の牢獄へ投獄するように言っといた。あいつを人質にすればババアも話す」


「何としてでも聞き出して。私は村を出て行った奴らの誰よりも幸せでなきゃいけないの。誰にも私を見下させない」


「自分勝手な女だ。お前も同級生と都会へ出ればよかっただろう?」


「馬鹿言わないでよ。あいつらと同じことしたら比較により拍車がかかるでしょ。そんな惨めなことになるよりは私が村に残って、都会で夢破れた奴らを嘲笑ってやるのよ」


「俺はお前が恐ろしいよ。普段の面倒見のいいお前も全部計算ってわけか」


「わかったらさっさとトキの仮面を剥いできて。私の居場所は誰にも穢させない」


面倒見のいい快活な若女の正体は劣等感の強い自尊心の塊だった。全ては自分のため。誰だってそうだが、彼女には他人を蹴落としたい欲望が見える。嘘は嘘でも正反対の嘘を吐き続けた彼女には感服さえしてしまいそうだ。


「沙希とあの少年は?」


「あいつらも見つけ次第高良と同じところへぶち込むように言っておいた。反抗されても面倒だしな。特にあの餓鬼、何考えてるかわからねぇ。お袋を狙いに、飛び出したのかと思ったがそうじゃねぇみたいだし」


餓鬼とは蓮のことで間違いない。沙希も、と言及したことで沙希もどこかに逃げたことがわかった。


「これでやっとあの忌々しい家族に復讐できるわ」


加奈子もあちら側の人間ということだ。より物騒な考え方をしている。村を出た人間が最も羨むであろう平穏を穢されたことが許せなかったんだろう。


「おい。俺のお袋を口実にするのはやめろ。そんなのは内に秘めておけ──」


その時、源一郎の家の方向から爆発音が鳴り響いた。


その方向を確認すると黒い煙が天へと滝登っている。間違いない、火事だ。


「なに⁉︎」

「爆発か⁉︎」


予想外の事態に村人が急いで宿屋にやってきた。


「源一郎、大変だ! お前の家が火事だ!」


「なんだと⁉︎」


「火事って……まさか!」


勿論、真っ先に疑われるのは蓮だ。火事の犯行に加えて行方不明。逆に蓮以外に誰がやるんだと言ったところだろう。


しかし、動揺したのは蓮も同じだった。宿屋の裏手から火事の状況を凝視していた。


「まずいかな……」


村人全員が血眼になって探しに来る。包囲されるのも時間の問題だ。

まずは安全な場所。差しあたっては山へと身を隠すことを決める。

しかし、遅かった。動き出そうとした刹那、死角から腕を掴まれ闇の中に引き込まれたのだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る