第3話
大きく佇む屋敷の縁側に庭の池を儚げに眺める少女がいた。腰まで伸びた黒髪を二つに束ね、いつも通りの白い着物で小さく纏まっている。俺は軽く頭を撫でて隣に腰を下ろした。
「ホオズキ。ここにいたのか」
「うん。なんだかいい天気だったからさ」
「どこがだよ。今にも雨が降りそうな曇天じゃないか。太陽なんて見えやしない」
空はいつにも増して薄暗い。ホオズキは意味ありげに天を見上げていた。
「太陽なんていつでも見れるからね。晴れの日も雨の日も良いところはあるけど、その間の曇りには最も趣があると思うんだよ」
無邪気に笑うホオズキ。つくづく不思議なことを言う子だと思う。
「趣ねえ。でも、やっぱり心地いいのは晴れの日だろ? 過ごしやすさの観点から言って快晴が最も気持ちがいい」
「果たしてそれを灼熱の砂漠の中でも言えるかな」
今度は嗜虐的に挑発するホオズキ。だが、俺は冷静に返す。
「場所を指定していいならお前もこんな軒下じゃなくて外に出ていたら悠長なこと言ってられないだろ。今にも降りそうな雨に不安になるだろうぜ」
「私は不安にならないよ。晴れの日も雨の日もどちらも必要でどちらかだけでは生物の大半が死滅してしまう。その二つの間を繋ぐ役割を担っていると考えるだけで曇りの必然性が増してくるんだよ」
「日の当たらないところにスポットを当てたくなるホオズキらしいな」
「私は逆張りの天才だからね」
「そうだな」
否定はしない。どんな論争だってホオズキならば何かしら理由をつけて相手を丸め込んでくる。俺だって口喧嘩ではほとんど勝ったことがない。
池の鯉がぴしゃんと跳ねた。なんだか今日は忙しない。
「ねえ、カキツバタ。妖ってなんで存在していると思う?」
「なんだよ唐突に。前はそれを探すために生きている、みたいなこと言ってなかったか?」
「うん、そうなんだけどさ。どうもその言い訳で言い逃れるのは難しそうでね」
天を見上げているホオズキがどこか虚に見える。俺は思わず聞き返した。
「どう言う意味だ?」
「カキツバタには隠しても無駄だから言うけど、私には時間がないみたいなんだ」
どうでもいいことのようにさり気なく発せられたその言葉に一瞬では理解が追いつかなかった。
「何言ってるんだよ。そんな病気に伏した若女みたいな言い方されても笑えねえぞ」
「そんな風に聞こえるかい?」
ホオズキの目が俺を捉える。その曇りのない眼がとても嘘を言っているようには思えなかった。
「……おい、どういうことだよ。妖は死なないんじゃないのかよ」
妖に寿命はない。平和に、安全にさえ暮らしていれば幾らでも生きられる。
「死なないよ。でもね、殺されることはあり得るのさ」
つまり、平和で安全でないことが起こる。ホオズキの顔を見てもどかしい気分になった。
「どこの世界にお前を殺せる化け物がいるんだよ。この国は至って平和だし、もしもの時は俺がいる。その気になれば村ごと吹き飛ばすことだって造作もない」
「それは頼もしいね。でも、今回私はそれを望んではいないよ。ねえ、カキツバタ。私を置いて逃げてくれないかな」
ショックだった。ホオズキが俺の力量を信じてくれなかったからじゃない。そんなことよりも、ホオズキ自身がすっかり諦めたような言い方と表情に俺の心臓を握り潰されたような感覚に陥った。元々ホオズキは負けず嫌いで諦めの悪い性格だった……わけではない。彼女はいつだって凛とした佇まいで事実を告げてきた。だから、ショックだったのだ。彼女の言ったことはすべて本当になる。
ホオズキの力は未来を予知するものだった。
「お前を置いて自分だけ逃げるなんてできるわけがないだろ!」
「私はカキツバタには生きていて欲しいのさ。私がいなくなっても人として暮らし続けて、迷える子たちを助けてあげてほしい」
予知が外れた試しはない。どんなに抗おうとしても必ず決められた未来はやってくる。ホオズキはその力に心底落胆し、俺や他の人間たちには一切教えようとはしなかった。
抗えない未来など知っていても無駄だ。嬉しさも悲しさも事前に知っているだけで半減してしまうからだ。即席の感情にこそ真理は現れる。だから、俺にもホオズキを心から喜ばせられたことはない。知っていて得があるとすれば悲劇に備えて覚悟する時間が得られるところくらい。そう、例えば今回のように自分の死ぬ時とか。
俺は思わず声を荒げた。
「ふざけるなよ! 何故お前だけが消えなくちゃいけないんだ。こんな唐突に言われたって受け入れられるわけないだろ」
ホオズキが死ぬ。これは決定事項だ。しかし、俺にはどこか現実味のある話には思えなかった。一体、どこの誰が何のためにホオズキを殺そうとしているのか説明不足にも程がある。
ホオズキは自分でも何が何だかわからないのか、それ以上その件について話そうとしなかった。
俺は内側にさまざまな感情が入り混じった複雑な心境を留めたまま、無音を避けるように鳴り出した雨音を聞くことしかできなかった。
──なんだか夜中にまた変な夢を見たらしい。今度はただ寝そべり視界を共有するだけでなく、しっかりと会話をしていた。あの無邪気に笑う少女は間違いなくあの時倒れていた少女だ。僕はあの娘に特別な感情があったように思う。共感性がないからか他人という認識が強く、自分の記憶とは思えない。それでもカキツバタと呼ばれている。これはもう言い逃れはできない。明らかに前世の記憶であり、僕は人に化して生きていた。
未来の見える力。この後、少女は殺されてついでに僕も殺された。そして天帝様に使いとして輪廻させられたわけだ。しかし、何故あの娘は殺されたのだろう。何らかの目的を持った者の抹殺、あるいは愉快犯……。もしかしたら、いや、もしかしなくても今僕がやろうとしていることが前世の僕を打ちのめしたことなのだと思う。
蓮は自分の存在について考えそうになったところで我に帰りかぶりを振った。
いやいや、昨日シオンさんに言われたばかりじゃないか。考えても仕方のないことだ。もうすでに終わったこと。せっかく天帝様が生き返らせてくれたのに余計なことを考えて仕事に支障をきたすなんてあり得ない。
*
どうやら昔から気になることにはとことん深堀りしないと済まない性なようだ。わからないことは知りたい。結末を迎えずに幕を下ろすことは最も忌むべき悪だと前世から脳から神経にかけてすり込まれているのかもしれない。
故にこうして人と関わることに高揚して早朝から境内の清掃を行なっているのもあるだろう。
「昨日はよく眠れたか?」
隣で箒を乱雑に振り回しながら高良が話しかけてきた。とてもちゃんと清掃が行
えているとは思えないが稽古のつもりだろうか。
「お陰様でよく眠れました。寝床も用意して頂きありがとうございます」
「お陰様でか。俺の一突きが余程効いたようだな」
先日の一戦で格下として位置付けされてしまったようだ。これがいいことなのか悪いことなのか。付け入る隙ができたと言う意味ではいいことだと捉えておこう。
薄く笑いを送る蓮。
「にしてもお前もその体格で結構やるよな。俺程じゃないにしても同年代では頭ひとつ抜けてるだろ。それとも外の世界ではこれが普通なのか?」
体格は比較的標準なはずだが、蓮は高良に比べれば小柄だ。それは年齢の割には高良が大きいからだろう。
「……いえ、僕はここに来るまでは負けたことはありませんでした。寺子屋でも一番でしたし。きっと高良なら外に出ても十分やりあえると思います」
適当を言った。
蓮も外の世界など知らないし人間と竹刀稽古をしたのだって昨日が初めてだ。
まあ、煽てとけば間違いないだろう。
「そ、そうか?」
高良は柄にもなく嬉しそうだ。褒めとけば機嫌を取れるとはなんてわかりやすい。
境内から覗ける社にトキと沙希が見えた。両手いっぱいに野菜や果物を抱えている。供物のつもりだろうか。
隙間から山神が覗けないかと凝視するが影すら確認できなかった。
「あの、この後は何をするんですか?」
「昨日言ったろ、見回りだよ。今日からお前も村人の一員なんだ。挨拶回りには丁度いいだろ」
すっかり村人にさせられてしまったようだ。シオンからは早急の目的達成を求められているため複雑ではある。
「挨拶ですか。一体、何をすればいいんですか?」
顔を合わせるだけでいいのだろうか。高良のようにお互いの力量をぶつけ合わなければ信用されないとしたらほとほと面倒だ。
「別にただ話せばいいだろ。そんな悪い人達はいないし。でもそうだな、面白いとか気に入られたいとか思うならあんまり礼を欠くようなことはしない方がいいな。お前に限ってはないだろうけど」
悪い人はいないか。昨日のギャラリーを見てしまっているので真に受けることはできない。
「どちらかと言えば気に入られたいと思いますね」
「だったら嫌がらせされても辛抱強く耐えるんだな」
嫌がらせされるかもしれないようだ。自然豊かでも治安は悪いらしい。
蓮の不安な感情を読み取ったのか高良が提案してきた。
「お前の一芸でも見せれば喜んでもらえるんじゃね?」
「一芸?」
「あの火出すやつだよ。あれこそ非日常で面白みのあることだろ」
確かにあの時何人かの村人は蓮が炎を出すのを見ていた。自分から言わずとも噂
程度には知れ渡っていそうだ。
だが、だからと言ってこれ見よがしにひけらかすのは抵抗がある。あくまでこれは妖の能力であり、今人に擬態している便宜上、詮索されることは好ましくない。びっくり人間で押し通すにも原理上無理があるだろう。神から授かったと言ってしまっているし。
しかし、それでもやらなければいけない状況はあるわけで。
嫌なことがあっても耐えろとは空気を読めという意味でもある。
だからここは、
「考えておきます」
蓮はそう答えた。
言い逃れる術を考えながら黙って落ち葉を飛ばす。
「なんか他に聞きたいことねーの?」
奉仕作業がつまらないのか高良は雑談をしたがる。
聞きたいことか。聞きたいことを聞いてくれるとは存外親切な人だ。
では素直に、
「山神様は──」
「お前そればっかだな。どんだけ山神様に執着してんだよ。俺らに聞きたいこととかねーのかよ」
前のめりになり過ぎたようだ。警戒レベルが上がる。
せっかく敵対から格下に好感度が上がったのにここで振り出しに戻ってどうする。
まずいまずい、違うこと違うこと。
「えーと、じゃあ御両親はどこへ?」
単純にこの神社に仕える人間がトキとその孫である高良、沙希だけというのは疑
問だった。こういうのは大抵一家で仕切るもの。高良の両親の所在は不確かではある。
「死んだ」
高良ははっきりとそう答えた。
予想した中で最も可能性の高い答えだったが返答には困った。
村外に働き手に出ているとも考えたがわざわざ息子たちをこの山の奥地に置いていく理由もない。消去法で出てくる答えはどれも気鬱なものばかりだ。
「おい、別に俺は引きずってねえぞ。病死でどうしようもなかったし、やれるだけのことはやった。婆ちゃんも沙希ももう乗り越えてみんな前に進んでる」
蓮の陰気な空気に高良は気丈に振る舞って見せた。
「いつお亡くなりになったんですか?」
「二年前だよ。まあ、これはお前の知りたい山神様の始まりでもあるんだけどな」
ここでニアピンを引き当てる好采配。運がいい。
「何笑ってんだよ」
「え、笑ってました?」
「ぶっ飛ばすぞ」
さっきまで親の死を聞いてしまい悪びれていた奴が一変して笑みを浮かべるとはなんと不謹慎なことか。蓮は決して馬鹿にしたわけではないが高良に反感を買われても仕方がない。
「で、山神様は二年前に現れたんですか?」
蓮は焦って話を戻す。
「目の色変えんなよ。話してやんねえぞ」
「すみません」
平謝りならぬへら謝り。
「二年前、この村で疫病が流行ったんだよ。村の外に出た人間が病源菌を持ち帰って来て、瞬く間に大勢に感染していった。病気に罹った人間は高熱にうなされ約三日余りで呼吸が出来なくなり死んでいく。それはもう命の危機を感じる大災害さ」
「御両親もその病気で?」
その問いに高良の表情が強張る。
「最初の一人だったんだよ、親父がな。港に出て魚を取ってくるって出て行ったと思ったら、満身創痍で帰郷してお袋や村のみんなに感染させた」
想像以上に重たい話。
ということは、高良の父親は疫病を生み出した張本人じゃないか。自分の身の異変を感じて戻らなければ少なくとも村人は巻き込まれなかったはず。
「村のみんなは親父を嫌ってる。おそらく血縁関係の俺らのことも。俺らはまだ子供だからって大人な対応をしてくれてはいるが本心は違う。人殺しの息子くらいに思ってるはずだ」
昨日の高良との一戦の時、ギャラリーが高良に向けていた冷やかしの言葉を思い出した。
今思えばあれは真っ当な悪意だったのかもしれない。
背景がより鮮明になる。
「こんな話はどうでもいいか。まあ、そんなこんなあって俺たちは感染しないように問題が終息するまで家に隔離されていたんだ。そんな時、山からの来客がいてな、今のお前みたいに。歳も俺らと変わらない、至って普通の少女だった」
「それが今の山神様ですか」
「そうだ。最初はこんな時にと門前払いで追い返したんだ。病気が移っても悪いし、まともに対応できる人間はいないからな。だけど、それでも泊めて欲しいと縋ってきて仕方なしに宿屋に泊めたんだ。病人を隔離させてる宿屋にな」
「殺すつもりだったんですね」
「そんなつもりはなかったんだろうけど。なんせ他人に構っていられないほど自分たちのことで精一杯だったからな」
「山神様が事情を知った上で懇願したのなら文句は言えませんね」
「そう。山神様は事情を汲んだ上で了承したんだ。そして、一日で全ての病人を治してしまった」
「一体どうやって?」
聞くまでもないが必然の疑問として聞く。
「わからない。一日宿屋に泊めて次の日にはみんな何事もなかったように元気になった。それでも疫病は無くならなかったが罹る度に山神様の下に連れていくだけで完治することができた」
「まるで大国主神のようですね」
大国主神は医学の知識を人々に授け国づくりに貢献したと言われている。
妖故、人々に病気を癒す技術を享受することは不可能だが感覚的には近いものがある。
「だから神様として奉ることになったんだよ。こんな不釣合いな社を建ててな」
当時の状況から余程の効果があったのだろう。文字通りの救世主。命に敏感な人間が縋り付くには十分な力だ。過剰に機嫌を取りたくもなる。
話終えると高良はろくに使ってない竹箒を小屋の裏手に置いて戻ってくる。
「こんなところか。移動するぞ」
どこがこんなところなのだろうか。境内はほとんど来る前と変わっていない。
大雑把というか大胆というか。高良は細かい作業よりもわかりやすく体を動かす方が好きなのだろう。
蓮も急いで竹箒を裏手に置き、荒々しく鳥居を出て行く高良の裏についた。
通りに出る。
小さな村ならではの自然の美しい景色だ。四方八方を深碧の山に囲まれその麓から境界線を引き鮮緑の稲が田に揺れ蠢いていた。
疎らに建てられている茅葺屋根の家々も逆にいい味を醸し出している。
「長閑でいいところですね」
率直な感想を蓮が述べた。
心が洗われる。緑は目に優しいとはよく言ったものだ。
「そうかぁ? 城下町の方がいいだろ」
高良には毎度の光景で新鮮味がないからそう思うのだろう。城下町も活気がある良さがあるがここにはここの良さがある。
勝手な憶測だが長生きするのはこちらに住む人間な気がする。
田んぼで農作業をする老婆も心なしか健康そうだ。
だからこそ高良の父親が持ち込んだ疫病は村の根底を揺るがしかねない災厄であったわけだが。
「山城神社は山神様によって建てられたわけですが、その宮司がトキさん、三丘家である理由はどうしてですか?」
「選ばれたんだ山神様に。何故かはわからねえけどどうせ親父のケツは家族が拭けってことなんだと思うぜ」
そうなのか? トキを見るからにこの村の長的な役割をしているのは確かだ。そんな大役に任命されることが罰とは考えにくい。
すると、高良が足を止めた。
正面には三人の少年。十歳程度だろうか。
ひとりひとりの右手には小石が握り締められていた。
真ん中の少年が一歩前に出て高良を睨む。
「出たな人殺し! いつも偉そうにしやがって、死ね!」
剥き出しの悪意。罵声と共に三つの石が飛ぶ。
高良は難なく正面に飛んだ石のみキャッチして他の二つは軽く避けた。
「危ねえだろ。石は投げんな」
「うるせえ! むかつくんだよ雑魚のくせに!」
「その雑魚に軽くあしらわれる気分はどうだ?」
掴んだ小石を適当に放る。
「流石、頭のおかしい親の子だけあるな。年齢でマウント取るなんて恥ずかしくねーのかよ。俺が大きくなったらお前なんか余裕でぶっ殺せるわ」
「お前らこそ歳を言い訳にしてんじゃねえよ。俺がお前らの歳の頃なんて余裕で大人とやり合ってたぜ」
売り言葉に買い言葉。三人の少年は地面にしゃがみ込むと砂利を手一杯に含み始めた。
一歩引く蓮。
これで致命傷を負うことはないが衛生的に流れ弾を喰らいたくはない。眼中にあるのは高良だけのようだし傍観させてもらう。
高良も望んでヒール役を演じているのだろうか。感情的なところもあるが今は冷静さを保っているように見える。
その時、
「こら! 何してるの!」
真横から怒鳴り声がした。五人は一斉に声の方向に顔を向ける。
声の主は田んぼを挟んで向かい側の道に立っていた若い女性だった。そして、その怒りは言うまでもなく少年たちへのものだ。
「やばい、逃げろ!」
少年達は女性の登場に焦りを見せると砂利を捨て一斉に逃げ出した。逆方向へ走って行ったことから、蓮が追いかけることはない。まあ、こちらに向かってきたところで触れることすらなかっただろう。傍観の姿勢は崩さない。
砂利を投げられていたらどう対処していたのだろうか。普段、感情的な高良の落ち着いている姿がこれをよくある光景であると裏付けている。軽くいなすか、または耐え忍び少年が満足するまで付き合うか。
「高良、大丈夫だった?」
軽いステップで用水路を超えて来た女性が心配する。およそ二十代前半。褐色の肌に引き締まった身体でいかにも快活そうな風貌。括ったポニーテールが爛々と跳ねて存在を主張していた。
「大丈夫、何もされてない」
「ごめんね。あの子達何か勘違いしてるようでさ」
勘違い?
蓮は心の中で首を傾げる。
子供は親の影響を強く受けるものだ。親が本人のいないところで三丘家の悪口を吹聴していることは容易に想像できることじゃないか。諸悪の権化とは言えない高良に対して人殺しと断言してしまえるからにはそれ相応のよからぬ風評が村中で蠢いているからだ。
高良の言う通り、村人は三丘家に怨恨を持っているのかもしれない。咄嗟に駆け寄ってきたこの女性も味方であるか定かではない。
そうか、これが罰なのか。
神職を務めることで矢面に立たされる。責任が自らの首を締め続ける。高良が嘆く理由がわかった。
女性が蓮の存在に気づく。
「あら、あなたが昨日来たっていう旅人さん?」
「はい、はじめまして。蓮と言います」
「ようこそ城上村に。私は加奈子よ。この村で大工をしているの」
そう言われれば一般的な女性より筋肉量が多い気がする。服装も着流しに股引なのも職が理由か。
「女性なのに大工とは珍しいですね」
「ここでは性別より若さの方が重要なのよ。十八歳を過ぎると若者も町へと出て行っちゃってね。この村も着実に高齢化が進んでいるの。穴を埋めるためには選り好みしていられないってわけ」
「言われてみればそのくらいの歳の人は見当たりませんね。加奈子さんは何故街には出なかったんですか?」
「うーん、なんでだろう?」
加奈子は自分でもわかっていないようで深く考え込む。
何の気なしに聞いたことにそこまで悩まれると申し訳なるのだが。
「俺らに聞くなよ、自分のことだろ」
呆れたように高良が笑う。
「向上心が無かったからかなー。町に出てまでしたいことなんてなくてさ、確かに憧れはあるけど行く気になれば山を越えていけるし意味ないかなって。それに、この村も居心地悪くないしね。みんな家族のように接してくれて山神様もいて安心できるんだよ」
「何にも考えずにケセラセラってか。加奈子らしいな」
「あー、馬鹿にしてるなー」
ほっぺを膨らませて不満を表現している。年齢にそぐわず幼く見えるのはきっと歳下の目線に合わせられる面倒見の良さによるものだろう。高良も心を開いているようだ。
蓮は加奈子に一定の理解を示した。
「僕はいいと思いますよ。ここが居心地いいって理由もわかります」
「お、蓮くん優しいねー。高良とは大違い!」
「うるせえ。こいつは猫被ってんだよ」
他の村に住んでいないから断言することはできないが比較的にに恵まれている村だと思う。
実際、気候も山の麓とは言えそれほど悪くなく満足に自給自足もできている。加えて、唯一の懸念材料の医療面の不安も山神の存在が解消する。
加奈子のような考え方を持つものがいても何らおかしくはない。むしろ、移住を希望してくる人間がいてもいいくらいだ。
しかし、蓮には彼女がどこか計算しているように見えてしまう。明るい人間ほど疑いかかりたくなるのだ。
二年前の見解を加奈子にも聞きたかったが高良の手前諦めた。
「ねぇ貴方達もこれから、源さんのところ行くでしょ?」
「あぁ、丁度この後八雲家行こうと思ってた」
「源さん?」
蓮が高良に尋ねる。初めて聞く名前だ。
「この村で唯一、飲食店をやっている人だ。お前もそろそろ腹減って来ただろ」
そう言えば朝から何も食べていなかった。無料で食べ物が頂けるのならありがたい。
「おばあちゃんと息子さんの二人で営んでいるのよ。二人ともいればいいのだけれど」
いない場合があるのか。この書き入れ時に店を開けないのもなかなか前衛的な商売方法だが過疎化が進む村ならではとも言える。
「とりあえず行きましょうか」
ここでいくら予想しても仕方がないので三人は八雲家に向かうことにした。
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