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三人はそれぞれの部屋を教え合うと、別れて家路につく。と言っても、この学校は全寮制なので、その気になれば夜でも会うことができるのだが。わざわざ寮に戻る為だけに別行動を取ったのは、毛色も学年も違う三人が常につるんでいるのも不自然だ、という百合子と律子の判断からである。
男子寮と女子寮は離れたところに設置されているため、男女の逢瀬はかなり困難だ。しかし、同じ建物の中の行き来はかなり自由になっている。食事や消灯の時間をきちんと守ればあまり口うるさく言われることもない。この世界において、この学園は人気の全寮制進学校、という設定になっていた。
寮の食堂で鮭の定食をつつき、入浴を終えて自室に戻った百合子は本日のレポートをチェックする。モブは様々な形でその日、何コマ進んだか、どのような内容だったか、というレポートを受け取るのだ。食堂での百合子と律子の会話はこのレポートを見た上で繰り広げられていた、ということである。
ちなみにこの世界では、机の本棚にある一冊の大学ノートに内容が書き記されていた。ノートを所持していることに違和感のある世界観でもメールや、伝書鳩が使われる。ファンタジーなどの世界観の場合、情報屋というポジションの人間が存在することもある。モブにとって現状の把握は重要なので、よほど特殊な設定でもない限り、その日の撮れ高を知れるようになっているのである。
ノートの見た目をしたレポートの表紙には日記と書いてあるが、背表紙には何も書かれていない。この世界のメインキャラクター達も、まさかこんな何の変哲もないノートに、その世界で大まかに起こった出来事が書き記されているとは思わないだろう。
主人公達には、ここが物語の世界であるという認識は無い。当然誰がモブだとかメインだとか、そんな区別をする概念も存在しない。彼らの頭の中に存在しているのは、自分は至って平凡な学生だ、という自覚だけである。
――本日は特に大きな異変は無し。合コンに誘われた犬塚は断る。理由は不明。進捗はコマ6個、1ページ分。ただし、翌日以降の展開によっては没になる可能性あり。
レポートを読み、百合子は背もたれに体重を預け、軽く天井を仰いだ。一応日常を切り取っておいたけど、必要ないと判断されれば簡単に無かったことにされてしまうような一日を過ごしたということだ。
人間であれば、誰しもが過ごしたことのある、平凡な一日。むしろそんな平凡な一日の繰り返しが日常であり、人生の大半を占めているとも言えるだろう。しかしモブの立場から言うと、そんな一日は釣果がゼロの釣りのようなものである。
六畳ある部屋はそれまでの百合子の人生を反映させているようであった。そつがなく、シンプルで、なおかつ洗練されている印象を受ける。ベッドシーツ一つからですら、それは見て取れた。真っ白い純白なもので、しかし目を凝らすと控えめな刺繍があしらわれている。春華が見れば「うわ、なんか高そう」とでも言うかもしれない。
物が無さすぎることを気にした百合子がテーブルの横に置いたのはクッションである。申し訳程度に置かれたそれが使われることはほとんど無い。というか、これまでに一度だって無かった。一人で過ごす際は壁に沿うようにして置かれている勉強机を使うので、当然と言えば当然である。
要するに、これまでに百合子の部屋を訪ねた者などいなかったのである。彼女は誰より完璧なモブで、誰より模範的な存在で、そして誰より孤独だった。
数時間前、放課後。百合子は廊下でヒロインとすれ違ったときのことを思い出す。我ながら完璧な立ち振る舞いだったと、彼女は自らの仕事ぶりをそう振り返った。
本日の仕事に不足や不備は無かったかと考えていると、スマホのランプがチカチカと光った。百合子は端末を手に取ると、届いたメッセージを確認する。
『メールを送った』
「……」
差し出し人は春華である。というよりも春華以外にこれほど正気を疑いたくなるメールを送る人物は、百合子の知り合いには存在しない。
『メールが届いたわ』
百合子はそう返信を送ると、意識の中に語りかけてくる存在の声に気付く。全ての世界を統べる神からの声だった。またスポット的にモブに来て欲しい、と簡潔な言葉で百合子を誘う。
鬱屈とした気分を晴らすには持ってこいのタイミングである。百合子はそっと目を閉じて意識を集中させると、別の世界に魂を飛ばすのであった。
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