第十二話 繋ぐのは想いに気付いているから

 第一校舎、二階の空き教室。気配の元はそこにある。扉を開け放った舞華達三人の目に飛び込んできたのは、魔法陣に囲まれ小さな鐘―――ハンドベルを持つ安美の姿。その顔色は青白く、今までの生徒たちとは違った意味での危険性も感じさせる。


『みんな、もう着いているのか!』

『リオくん、先に始めるよ!』

『頼む、気配が妙だ。調べるから、何かあったらすぐに僕を呼んでくれ!』


 ロザリオとの連絡を終えると、舞華が一歩踏み出す。それと同じくして、安美の手がハンドベルを揺らし始めた。

 魔法陣から紅い光がにじみ出る。不意打ちが来るやもしれないと、舞華達もブローチを握った。


《魅せよ、第一の舞・契約の主天使達! 悪を打ち砕き、正義を貫く我が身に光を! ドミニオンズ!!》

《響け、第一の歌・契約の力天使達。高潔を以ち、正義を照らす我が手に奇跡を! ヴァーチュース!》

《轟け、第一の旋律・契約の能天使達。掟に従い、悪しきを正す我が手に武器を。エクスシーアイ!》


 武器を手に取り構える。紅い光は強くなっていき、辺りに魔力と思しき煙が漂い始める。優乃としては初めてのことだったが、ウァサゴの時と同じものを感じた舞華達は戸惑うことなく魔法陣を睨み据える。

 徐々に高まる魔力。肌で感じ取れる程に膨れ上がったそれが―――


 弾けて消えた。


「なに!?」

「どういうこと……?」

「姿を消しているのかも知れません、警戒を」


 完全に霧散した気配は、辿ることもままならない。魔法陣の光も消えている。しかし、安美がまだ立っていることを考えると儀式が失敗したとは考えづらい。

 澱んだ空気が満ちるかのように、心なしか息苦しくなってくる。目を凝らし、ブローチを中心として魔力的な警戒も重ねるが、教室の中にはなにもない。

 


『……ぁ! そ……じゃ……!』

「リオくん!? リオくん! 聞こえない!」

「これは、妨害……?」


 突如として響いたロザリオの叫び声は、しかし大きなノイズにかき消されたかのように聞き取れない。頭痛に苛まれながらも舞華は返事を試みるが、こちらの声も届いていないようだ。

 これで一つはっきりした。悪魔がどこか別の場所に現れている。三人は教室を飛び出すが、まるで気配が掴めない以上どこを捜索したらいいのかもわからない。


「……本当はしたくない提案ですが、分かれて行動するしかないようですね……」

「そうみたいね」

「なにかあったら大声出す! もしくは逃げて合流する!」


 優乃の言うとおり、本来であれば三人が分かれるという行動は最悪とも言える手だ。相手が悪魔である以上、個人での戦いは避けるべきであり、この状況そのものが悪魔の術中である可能性も高い。

 しかし、ロザリオとの交信が途切れ安美の命が危険に晒されている今、悠長に固まって捜索しているほどの余裕はない。ここに来て舞華達は、最初から追い込まれた形となっている。


「ゆのちゃんは檜枝先輩をお願い」

「わかりました。何かあったらこの部屋に」

「ええ」


 最低限のやり取りで役割を決めると、舞華と律軌はそれぞれ正反対の方向へ走り出す。優乃は振り向き空き教室の中へ戻ると、覚束無い動きで自分を魔法陣に縛り付けようとする安美を抱き抱えた。

 力天使の力か、安美にまとわり付く邪気が薄れ、顔色が少し紅潮してきた。しかしそれでも優れた顔色とは言えず、呼吸も不安定なままだ。

 安美の顔をじっと見つめながら、優乃は自然と夕方のことを思い出す。舞華が垣間見せた虚ろな表情は、優乃の心に影を落としたかのように染み付いた。

 自分は、舞華にとって拠り所となれているのだろうか。彼女の思う安らぎに、自分は含まれているのだろうか。

 何を思っても、沈黙の中に音が響くことはない。ただ、それでも。願わずにはいられない。


「……どうか、自分の身を大切にしてくださいね」



 校舎内を走り回って数分。律軌は強い違和感を覚える。

 ―――さっきから、。嵌められた。

 試しに来た道を戻ってみる。が、知覚できないうちに元いた場所に戻されている。にも関わらず魔力は感知できず、音も聞こえない。

 そうして自分が置かれている状況を再確認し、律軌はあることに気が付いた。


 今、時刻は深夜である。

 今、自分は一人である。

 今、この廊下に縛り付けられている。


 刹那の間もなく、全身に鳥肌が立つ。今まではすぐに戦闘が起きていたことに加え、必ず誰かが近くにいたため忘れていた。

 宮下律軌は―――怖がりである。


「……」


 ふと、変身を解く。しばらく歩いてまた元の位置に戻されたあと、周囲を見渡す。

 それから廊下の壁に背を預け、ゆっくりと蹲った。


「……早く終わらせて頂戴……!」



 律軌が状況に打ちのめされていることなど知る由もない舞華は、校舎の中を駆ける。あちらとは違い、いくら走っても特定の位置に戻されるといったことはないが、それを幸いと思うこともまたない。

 そして、当たりを引いたのは他でもない舞華だった。


「っ!」

「―――おっとぉ、見つかったか……っひひ」


 三階廊下の一角、唐突に炎が燃え広がるようにして人の姿を形成し、その中から長槍を持った人間の姿が現れる。魅力的な長髪の男だが、左手に生気のない生首を持っていることもありそれが悪魔だとすぐに飲み込めた。

 いた。どうする、斬りかかるか、下がるか。

 思考が錯綜する。無論ながら、最善の手段はここで下がって仲間と合流することだ。しかし、この悪魔がそうさせてくれるとは到底思えず、隙を晒す訳にはいかない。


「お前は」

「俺かぁ、俺はアミー。地獄の大総裁さ……逃げるのはやめた方がいいぞ。お前はもう仲間と会うことはない」


 ―――意趣返しみたいな名前して。

 怒りがこみ上げるが、続く悪魔……アミーの言葉に含まれた意味を探る。ここで舞華を殺す、というだけでなく、何か別の意図を感じる。三人を分断したことすらも狙ってやったことだとすれば、既に何らかの仕掛けが動いていると考えたほうが妥当だ。


「一人は部屋に残したな。そしてもう一人は俺の術で閉じ込めた。これで一対一……脆弱な人間のお前と、悪魔である俺。どっちが先にくたばるかな?」


 やはり、罠。閉じ込めたという言葉から律軌の身を案じるが、この場で舞華ができることは目の前の悪魔を倒す以外にない。何らかの魔法が働いているとなれば、合流は不可能とみて間違いないだろう。

 呼吸を整え、剣を構える。相手の得物は長槍、自分よりも遥かにリーチのある武器だ。迂闊に距離を取れば舞華の方が危ない。

 姿勢を低くし、脚に力を込める。一息に踏み込み、手傷をつけるための動きだ。アミーが余裕を持ち、油断している間に早期決着を狙うのが舞華の立てた算段だった。

 穿つほどの力を込めて、床を蹴る。風を切る音が一瞬遅れて聞こえた。だがそれでも、まだ悪魔に及ぶ速度ではない。視界の先、槍が横薙ぎに振るわれようとしているのが見て分かる。すぐに上体を後ろへと倒し、スライディングの形でアミーの足元へと滑り込んだ。


「ほぉ……」

「っ!」


 踵を床につけて速度を落とし、左手と剣の柄を使って跳ね起きる。魔法少女となったその身体能力は舞華を空中まで飛ばし、そのまま胴体を軸にして縦に回転させた。この時、ブレーキに使った右足は伸びたまま、左足を畳んだ姿勢となっている。

 一回転からの踵落とし。あらゆる勢いと力の込められたそれが、アミーの右肩へと突き刺さる。あまりに強い力を一点に集めた攻撃であるせいか、舞華自身も右足の感覚が少し麻痺した。

 しかし、アミーの体が怯むことはない。効かないと即座に判断した舞華は、体を捻りつつ左足でアミーの腕を蹴って距離を取る。


「中々の判断力だ。少し動物的すぎるがな……だが、やはり女の子供。力がない」

「お節介どうも!」


 軽口を叩きつつも、内心では焦りが生まれつつある。こちらの攻撃がほぼ通用しないとなれば消耗戦だ。優乃からもらった加護も、彼女から離れすぎたせいかほとんどの効力を失っている。

 ―――落ち着け。まだ蹴り一発与えただけだ。

 自分に言い聞かせ、再度走り出す。今度は眉間を捉えた突き。迫り来る穂先を剣の腹で逸らす。右手を引いて一際強く踏み込んだ後、飛び込むように剣を突き出した。


「……!」

「残念っ」


 確かに、剣先はアミーの右胸に刺さっている。しかし、その感触は生き物を斬った時とはまるで違う、金属でも刺したかのような硬さだった。そして、剣が抜けない。アミーの堅牢な筋骨が、剣ごと舞華を捕らえて離さないのだ。

 手放して距離を取れ。やられる。そう頭では理解していても、体が思うように動かない。

 アミーが左手に持った生首を舞華へと向ける。何かの魔法を警戒し、咄嗟に舞華は目を閉じ―――その行動が仇となり、腹を蹴られて後方へ飛んだ。

 背中を打ち付け、呼吸が乱れる。衝撃のせいか視線の焦点が定まらない。


―――


「っあ! は、ぐ……うぁ……」


 何か聞こえたような気がする、幻聴だろうか。

 どうにか意識を手放さないようにしながら、舞華は思考を整理していく。アミーは迫る様子も追撃の意思も見せず、ただその様子を見つめていた。



 一方で、優乃も苦戦を強いられていた。


「……これは、少し不利ですね……」


 儀式を攻撃されまいとアミーが仕掛けた罠。魔法陣から伸びた髪の毛のような物体が安美を取り返さんと向かってくる。メイスでの迎撃こそできるものの、安美の体を抱えながらでは十全な立ち回りができない。

 教室から出ようにも既に窓と扉は塞がれており、消耗戦を強いられる形となってしまっている。


「手早く済ませてくださいよ……!」



 舞華はなんとか立ち上がり、体制を立て直す。喉奥から嘔気が湧き上がり、臓器が軋むような感覚に今にも意識を持って行かれそうだ。それでも、視界は明瞭。四肢の末端まで力を込めることができる。

 まだ、負けてはいない。


―――


「……何か言った?」

「何を言ってる、どこかおかしくなったか?」


 剣は既に抜かれたらしく見当たらない。こちらに怪訝な目を向けるアミーが、なぜ舞華に止めを刺さなかったのかはわからないが、少なくとも剣を抜く以上の行動は起こしていないようだ。

 暫くの沈黙のあと、アミーが唐突に舞華へ問いかけた。


「なあお前、あの人間が何を思ってるか知ってるか?」

「……知らないけど」


 舞華の回答に、アミーは前髪を払うように大きく頭を振った。歪んだ口角と見下すような目がよく見える。


「不安なんだよ。あいつは避けられ、謗られて後ろ指をさされるのが怖いんだ。自分が役に立ってない、他人のためにならなきゃ生きられないって震えてるんだぜ」


 無意識に、舞華は青筋が浮かぶほどの力を全身に込めた。得意げに、知ったような口で安美のことを語られる、そのことに対する怒りは瞬く間に沸点を超える。

 その様子を見てアミーはさらに醜悪な笑みを見せ、言葉を続ける。


「他人に見捨てられたらお払い箱、そうわかってるからあいつは他人に尽くすんだ。嫌だよなぁ人間って。弱いから縋らなきゃいけない。弱いから祈ったりする」

「……それの何がいけない、何が悪い」


―――


 走り出したい衝動を抑えて、言葉を紡ぐ。少なくとも、舞華にとって安美は弱い人間ではない。打算も何もなく、自分よりも他人を優先した行動を取ることができるのは、精神的な強さの証拠にほかならない。

 思考を巡らせる。今、手元に武器はなく、単純な力勝負では敵わない。逃げ出そうにも相手は槍を持っており、優乃達との連絡も繋がらない。いわゆる「詰み」……敗北が決まったと言える状況だ。

 だが、まだ一つ。


「人間なんだ、弱くて当然だ。支えあって生きることが人間の美しさだ! だから私は助ける!!」

「ならどうする、力で勝てないお前が、武器も持たず支え合う仲間もいないお前が! どうやって俺を殺そうと言う!!」


―――マイカ。


 先刻まで幻聴だと思っていた音が、はっきり声となって聞こえる。そして、それが天使の声だということも理解できた。夢に出てきたものでも、共に戦っている主天使のものでもない、初めて聞く声。

 そして、その存在を認識すると同時に、頭の中に振り付け……詠唱が流れ込んできた。

 ―――私と、一緒に戦ってくれるんだ。


「いるよ、仲間なら!」


 滑るような脚の動きと、手を大きく、たおやかに振る動き。全身を表現に使いながら、心で叫ぶ。


《魅せよ、第二の舞・慈悲の短剣! 慈愛のために振るう力を、この手に与える正義の刃! ザドキエル!!》


 天から降りたるは、一本の短剣。舞華の右手に収まったそれは、にじみ出るほどの力を放っていた。

 一見すればただの短剣だが、舞華にとっては一縷の希望。痛む体に鞭打って、三度廊下を駆ける。長槍による突きを横っ飛びに回避し、壁を蹴って飛び上がりつつ進路を修正。狙うは―――

 ―――首筋か!

 両手で短剣の柄を握り、突き刺さんとする姿勢。それを見たアミーは首筋を守るように両手を上げる。


「っ!」

「なっ」


 振り下ろす際に、わずかに軌道を逸らす。やや手前に逸れた刺突は右の胸へと吸い込まれていき、短剣が突き刺さる。

 その鋭利さ故か深々と突き刺さった短剣は簡単に抜けないだろう、舞華はすぐに手を離し距離を取った。

 ダメージにはなるものの、致命傷ではない。右腕を動かすにも支障なく、決定打と呼ぶにはあまりにも弱い攻撃。しかし、舞華の見せた表情は自信のそれだ。

 ―――大事を取って、こいつは殺すか。

 長槍で関節を狙い突きを入れる。が、詠唱により弾かれる。今一度直剣を手にした舞華は、真正面からアミーと打ち合い始めた。

 方や、殺さんと急所を狙う刺突。方や、傷を受けまいと弾く剣の動き。一見して互が攻撃のための打ち込みだが、その実舞華は自分が攻撃を受けないように受け流すに留まっていた。しかしその力量差は歴然であり、人間である以上舞華の方が圧倒的に早く疲弊する。

 時間の問題。そう断じてアミーは槍を振るい続ける。



「くっ……!」


 一方、優乃は。

 メイスを振るうことは諦め、呼び出した円形の盾でひたすらに攻撃を防ぐ戦いを続けていた。

 本体が倒れるまで無尽蔵に相手が湧いて出る以上、無意味に動き回るのは体力を消耗させるだけだ。であれば、最小限の動きだけで戦闘を続けられるよう守りに回るしかない。


「……二人は、大丈夫でしょうか……」


 思わず口からこぼれた言葉を否定するように首を振る。今自分にできるのは信じることだけだ。それをやめるのは、負けを認めるのと同じこと。

 舞華と律軌は諦めない、ならば自分も折れるわけにはいかない。半ば気概のみで優乃は盾を構える。

 幸いにも、力天使のおかげで優乃の体力は長く持つ。ただ安美を守るだけであれば、長期戦になっても支障はない。


「……?」


 ふと、攻撃に違和感を覚える。ずっと同じ重さの攻撃を受け続けていたせいで、どの程度の力を込めて構えればいいかを覚えていた優乃にはすぐにわかった。



 ―――なんだ。

 アミーは、脳髄を這い回る違和感に歯を噛み締める。しかし、その相手は明確。

 防戦一方だったはずの舞華が押し返し、自分が守りを強いられている。剣を振るう速度も、込められる力も、徐々に強まってきているのだ。

 そして、その原因もまた、火を見るより明らかなものだった。


「せえっ!」

「ぐ……!」


 右胸に突き刺さった短剣が、抜けない。何らかの魔法が働き、体内で根を張るかのように固定されている。さらに恐らく……

 固有の名前を持った天使、特異な能力を持っていると考えるのが普通。回避せず受けてしまったことがそもそもの間違いだった。

 ―――ふざけるな、こんなガキに……

 アミーは左手を前につき出す。必然的に、持っていた生首と舞華の目が合った。

 ―――こいつの敵意を揺さぶって隙を作れば。


「ぐっ……う!」


 舞華は、心の中で何かが膨れ上がるのを感じる。苛立ちに近い感情が、本能すら突き動かすように染み渡っていく。

 何かされた。思うままに動いたら駄目だ。そう思っても抑えきることができない。促されるままに走り出し、剣を心臓に向けて飛び込む。


「そうだ」


 動きを読んだかのような回避。そのまま、背中から心臓を狙って長槍の一突きが……


「あああああっ!!」

「なにっ」


 後方に伸ばした左脚の足首を、アミーの脚に引っ掛け回転。そのままの勢いで心臓に剣を突き立てた。

 予想だにしない動きに対応が遅れたアミーは反撃を許してしまう。心臓を穿たれた以上、それが致命傷となるのは明白。


「バ、カな……たった一人の人間に……」

「一人じゃない……主天使のみんなとザドキエル、ここにいない二人と……檜枝先輩の想いを私は背負ってる!」

「は……虚勢、だね……いつま、で、持つ……かな……」


 剣から感じる肉体の感触が消えていく。徐々に姿が崩れゆく中、アミーは最後まで嘲笑のまま、膝を折ることもなく死を迎えた。

 自然と全身の力が抜け、剣を落とす。金属音の響く中で、舞華は呼吸の荒いまま呟いた。


「いつまでも……はぁ、持たせて、やるよ」



 暫くして、安美を部屋に返した優乃とロザリオが迎えに来た。力天使の力で疲労を軽減させた後、事情を説明しながら律軌の元へ向かう。


「なるほど、よく喋るうえ感情に訴えかけてくる厄介な相手だったと」

「うん。あの場で私が助かったのはザドキエルのおかげだよ」

「ザドキエル……主天使の長とされる上位の天使か。まさかもう召喚を許されるとは」


 話しているうちに、廊下の隅でうずくまる律軌を見つける。話し声は聞こえていたはずだが、顔を上げるまでに随分と間があった。


「……終わったようね」

「え、大丈夫? 何があったの?」

「……悪魔の術中にはめられて、この廊下から抜け出せなくなっていたのよ」


 声が少し震えている。よく見ると脚も震えているように見え、少し顔色も悪い。


「怖かったの?」

「なにが」

「反応早っ」


 ―――触らないでおこうか。

 送った視線の意味を、優乃もロザリオも理解してくれたようだ。そのまま、律軌について詳しくは触れずに寮へと足を進める。

 ただ、舞華と優乃はこっそり顔を合わせて笑った。



 翌日の朝。戦いの疲労と傷からか、全身を痛めたまま舞華は渡り廊下を歩く。優乃も疲労こそ見せているものの、結果として手傷を負わなかったせいか舞華ほど辛そうな表情はしていない。


「大丈夫です?」

「ベッド入ってから痛みが来て……腕も筋肉痛だし……」

「舞華ちゃん!」


 背後から声をかけられ振り向くと、安美が小走りで向かってきていた。少し息を切らしながら、笑顔で舞華たちと向き合う。


「昨日は、ありがとう。私、なんていうか、吹っ切れた気がする」

「ああ、いえいえそんな……ねえ」

「私達はただ相談に乗っただけですから」


 登校時間ということもあり、簡単な挨拶を交わしてから別れたもの、安美の顔は晴れやかだった。

 舞華たちと別れた安美はひとり教室へ向かい、扉を開く。すると、数人の生徒が歩み寄ってきた。


「檜枝さん、これ。昨日のノート」

「え、あ」

「いつも大変だと思うけど、みんな協力するから。頑張って卒業しよ!」

「……うん!」


「……檜枝安美、羨ましいことね。周りに人がいて……」

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