第七話 たまには、のどかな休日を

 舞華たちが協力して課題を終わらせた、その翌日。


「……何かしら」

「ゆのちゃんと出かけに行くからさ、律軌ちゃんも一緒に」


 少し長く寝ていようと思った律軌の携帯が鳴ったのは、朝十時のこと。電話に出れば舞華の声が今部屋の前にいる、と言う。何の用かと扉を開けてみたところ外出に誘われた、ということだ。

 まだ少し眠気の残る中、律軌はなんとか言葉を返す。


「……二人で行けばいいでしょう。わざわざ私なんか誘わなくても、他に」

「秘密の共有、時間の共有。これは友情の構築に必要なものです。そして、私達は他にない大きな秘密を共有しています」


 断ろうとしたところで、目の前に優乃の人差し指が立てられる。そうして律軌の言葉を遮って、優乃は続けた。


「そして……私達の秘密を考えれば、連携のために友情を深めておくのは大切なことです。わかりますね?」

「……それとこれと何の関係が」

「わかってくれますよね?」


 強い語気にたじろいで、思わず優乃と目を合わせてしまう。しっかりと据わった眼光に捉えられてしまい、身動きが取れない。

 冷や汗が流れる。断るにも断れない。否、断ってしまえばどんな仕打ちを受けるかわからない。


「……私も用事があるから、ついでに少し付き合うだけなら」

「良かった、ではここで待っていますので」

「ゆっくり準備していいからねー」


 なんとか扉を閉めると、そのまま寄りかかって座り込む。眠気のせいか緊張のせいか、僅かに頭痛がした。

 とにかく着替えて、形だけでも二人と外に出なくてはならない。律軌はふらつきながらも立ち上がって、クローゼットを開いた。



 天祥学園には、三ヶ所の校門がある。うち、生徒が外出に使うのはほとんどが正門だ。学生証をカードリーダーに通すことで外出と帰宅を管理しており、夜の八時までに帰ってこなければいけない、というルールがある。

 しかしそれでも外出は外出。問題になるような行為をしなければ好きに動いていいのだから多くの生徒が門に並ぶ。


「久しぶりの外だねー」

「で、どこに行くつもりなの?」

「とりあえず、服でも見にいこうかと」

「そう」


 列の前方を眺めながら話す舞華の服装は、華美でない半袖のシャツにジーンズ、上着には紫外線を防ぐ目的でパーカーを着ている、というもの。その一方で優乃は薄手の長袖にロングスカート。律軌はスキニージーンズにホワイトベージュのブラウス、という服装である。

 背伸びして列を見ていた舞華が、ふと律軌に視線を戻す。


「にしても、なんか意外」

「何が?」

「律軌ちゃん、服とか無頓着だと思ってたから、普通にシャツとかかなーって」


 舞華の発言に、律軌は少し戸惑うような様子を見せた。

 ―――まずいこと言ったかな、と少し後悔した舞華は謝るべきか思考を巡らせる。優乃も声をかけようとしたその時、律軌が先に口を開いた。


「……私の趣味じゃないわ。その……姉に買ってもらった服よ」

「お姉さんいるんだ? 知らなかった」

「お姉さんは天祥の人じゃないんですか?」


 二人から投げかけられた言葉に、律軌は目をそらす。思っていた反応と違ったためか、優乃は舞華にアイコンタクトを飛ばす。

 これ以上詮索するのは良くない、それが態度だけでわかってしまった。


「あー、話しにくいならいいよ」

「そうですね。今まで話していないなら、それなりの理由があるのでしょうし」

「……ごめんなさい」


 少し雰囲気が沈んでしまった。家族の話題に触れて欲しくない、というのは、多くの場合何らかの問題を抱えている、ということに直結する。

 どうにか明るい雰囲気に戻したい、と考えた舞華はわざとらしく手を叩いた。


「じゃ、今日は私達で律軌ちゃんの服を選ぼう!」

「えっ」

「いいですね、思い出作りに」


 ―――どうして、そうなるの?

 そう声に出したかった律軌だが、それが気を遣ってのものなのか、それとも違うのかの判断に詰まり言い出せなかった。

 しかし、沈黙が長く続くのは良くないと思った律軌は、話題を変える。


「……ねえ、姫音舞華」

「なに?」

「萩村芽衣達と一緒に行けば良かったんじゃないの?」


 律軌としては、心からそう思っての発言だった。特に人と話すこともないような自分を誘うより、普段からよく話す友人と出かけた方が楽しいはずだと。

 しかし、舞華は疑問符を浮かべたような表情をしてから、屈託のない笑顔で返す。


「律軌ちゃんとゆのちゃんが一緒だからいいんじゃん!」

「……わからないわ」

「そのうち、わかるようになりますよ」


 優乃の何かを含んだ笑顔の意味もわからないまま列が進み、三人の番が回ってくる。

 立会所では数人の事務員が、生徒達に笑顔で対応しながらカードリーダーを差し出していた。


「はい、ここに学生証お願いしますねー」

「あ、はーい」


 にしても、事務員さんみんな綺麗だな、などと思考を巡らせているうちに、舞華達は校外へ出た。

 学園の周囲こそ住宅街だが、数百メートル先には奏野市の中でも随一と言える通りがあり、近代的なアパレルショップやファストフード店が並んでいる。


「うわー、すごーい! 奏野ってこんな可愛いとこあったんだ!」

「……まいちゃん、知らなかったんですか?」

「え? うん」


 訝しげな視線を向けられる理由が、舞華にはあまりわからない。

 優乃としては、三年間住む場所の周辺環境は調べておくのが普通ではないか、と思っていたがための態度であったが、伝わらなかったようだ。


「律軌ちゃんは知ってた?」

「ええ……電車ですぐのところに住んでいたから、姉との買い物によく来ていたの」

「家、結構近いんだ」


 奏野駅の周辺は、近隣の市町村でも有名な歓楽街だ。近くに住んでいたとなれば、この通りに訪れたことがあるというのも納得できる話だろう。

 しかし、そんなことを知らない舞華は目を輝かせてあちらこちらに目を向けていた。


「お、ねぇねぇ! あの大きい店なに?」

「あれは……クラウン&ティアラの専門店ですよ。御門グループの」

「あー……C&Tか、道理で大きい訳だー……」

「行かないの?」

「手が届きませーん……」


 大型のブランドショップから遠ざかって、ごく一般的なカジュアルファッションの店を選んだ。

 いくら普段は学校から出られないとは言え、長期休暇などで外に出ることはある。そのための服も用意できないようでは女が廃ってしまうと、意気揚々と店に踏み入れる。

 初夏になったこともあってか、店の中はこれからの夏に向けた涼しげな服が多く並べられていた。


「わっはー、久しぶりのショッピングだー!」

「ふふ、はしゃぎすぎですよ」

「……自分の服を選べばいいのに……」


 舞華と優乃は、忘れずに律軌に似合う服を探し始める。律軌もざっと店内を見渡すが、どれを見ても「服である」という以上の感想は湧いてこなかった。

 どうせ興味もないものを、と近くにある服を手に取った時、一つの記憶が蘇るように脳裏に走る。


『―――律軌、これとか似合うんじゃない?』

『え……わからない』

『きぃちゃん大人しいから、こういう色合うと思うよ。着てみたら?』

『あ、うん……姉さんと、貴音さんが言うなら』


「っ……!」


 服を置いて、右手で頭を抑える。記憶の走った後に、焼け付くような痛みが残った。

 表情を歪ませる律軌の肩を、舞華が叩く。いつの間にか、服を選び終えて持ってきていたようだ。


「律軌ちゃん、どうしたの?」

「……なんでもないわ、体質よ」

「そっか、体調悪くなったりしたらちゃんと言ってね」


 優しい笑顔を向けられて、少し緊張が解れる。一度呼吸を整えてから、律軌は舞華へ向き直った。


「それで、本当に私の服を選んできたの?」

「うん! 律軌ちゃん綺麗だから中々選べなくて、結構時間かかっちゃった」

「……そう」


 自分でも驚く程素直に、手渡された服を受け取る。自然と試着室に入っていきながら、随分人に丸くなったものだ、と溜め息をついた。

 そんな律軌が試着室に入っていく様子を見て、優乃は服を手に取りながら頷いた。

 優乃としても、律軌が今回の誘いに乗ってくれるかどうかは半ば賭けであった。脅し紛いの方法を選んだのも、とにかく外に出したいという意図があってのこと。

 クラスメイトでありながら、人と話す場面をほとんど見ない律軌を見た二人は、人に話しかけるのが苦手なのではないだろうかという仮説を立てた。その上で、魔法少女という事情を挟まないプライベートな関係に踏み込めたらと今日の外出を実行に移したのだ。

 結果的に魔法少女の存在を引き合いに出してしまったが、今のところ律軌は困惑こそすれど露骨に帰りたがるような節は見られない。

 ならばこのまま、と幾つかの服を綺麗に畳んで戻した後、優乃は舞華の隣へ歩いていった。


「律軌さん、意外と素直に着てくれるんですね」

「ね。楽しんでくれてるならいいけど」

「ええ……にしても、まいちゃんの服装も意外です」

「え?」

「ダンスをするとは聞きましたが、私服もそちらに寄せた風とは」


 他愛もない会話を続ける二人の前で、試着室のカーテンが開く。

 ―――青を基調として、白いアクセントを入れた半袖のブラウスに、白いロングのシフォンスカート。慣れない服のせいか、いつもは見られないような律軌の表情も合わせて、先ほどまでとは一転した清楚な雰囲気を持つファッションとして完成した。


「かーわーいーい!」

「いいですね、律軌さんの端麗な顔が引き立てられています」

「……わからないわ」


 本気で困惑する律軌に、今度は優乃が白いワンピースを手渡す。思わず受け取ってしまったものの、律軌はどうにか視線で困惑を訴えた。

 ―――まだ、やるの?

 ―――ええ、もちろん。

 結局、気圧された律軌はこのあと何度も試着を繰り返すことになってしまった。





「よし、完成だ……」


 地下の工房、ロザリオはインクを走らせた羊皮紙を丸めてローブに仕舞い込む。

 それから舞華達の魔力を探知し、彼女らが天祥学園の中にいないと知ると、息をついてから傍らに置いてあるコーヒーを飲み干した。


「今日は、敷地の外にいるのか……次に悪魔が出る前に、律軌と接触できるといいが」


 木製のマグカップを置いて、本棚から一冊の本を取り出す。日本語ではない言葉で書かれたそれを暫く見つめてから、ロザリオは虚空に向かって言葉を投げた。


「叶うなら次は……より強い天使の召喚に至ることができれば……」





 幾つかの店を巡り、昼食を取った後。舞華達は、芽衣と杏梨が皐月……と、何故だか美南を連れているところに出くわした。

 距離感を感じさせない密着した歩き方の芽衣と杏梨に対し、なだめる皐月にしがみつくようにして歩く美南がやたらと周囲の目を引いている。


「お、舞華ちゃーん」

「芽衣ちゃん……あれ、なんで美南ちゃんが?」


 曰く、外に出てはみた美南だが、舞華と同じく奏野市に詳しくなかったがために、通りの中でどこに行けばいいかと右往左往していたところを通りがかった芽衣達に拾われたという。

 目的もなかったのでついて行くと決めたところに舞華達が現れた、ということらしい。


「ちょーどいーじゃーん! 姫たちも来る?」

「どこ行くの?」

「皐月さ、今までゲーセンとかカラオケはあたしとしか行かなかったし、この機会にって」

「とても楽しみで……わくわく、しております……!」


 手を握って目を輝かせる皐月を見て、舞華と優乃もこの先どうなるのかと気になってしまった。

 そうでなくとも、盛り上げることが得意な芽衣達がいるのであれば楽しくないということはまずないだろう。

 一歩後ろにいた律軌に振り返って、優乃が問う。


「私は同行したいと思うんですが、どうです?」

「……あ……ごめんなさい。私、これから行くところがあるから、これで失礼するわ」


 腕時計を見たあと、律軌は頭を下げる。初めは遠慮しているのかと顔を見合わせた舞華達だが、出発を決めた時点で「用事のついで」と言っていたことを思い出した。


「遠いの?」

「ええ。この近くに一箇所と、電車に乗って行くところがあるから」

「どのようなご要件か、聞いてもいいですか?」


 優乃の言葉に、律軌は躊躇う。決して語気は強くなかったが、言葉の内容には引っかかるものがあったようだ。

 しばらく迷ってから、律軌は重い口をゆっくりと開いた。


「お見舞いと……お墓参りよ」

「え……」

「……すみません、聞き出したりして」


 困惑する六人に対して、律軌は構わないと首を振る。芽衣達に会釈してから駅に向かって歩き出すと共に、舞華と優乃に念じた。


『あなた達には……言っておくべきだと思った。それだけよ』





「……西之園にしのそのさん」

「は~い……あらぁ、生徒会長~」

「せっかくの休み、外に出なくていいの?」

「こちらの台詞ですよぉ~……わたしはぁ、休みの方がここに篭っていられるからぁ……ふぁ」

「変わり者ね……これ、借りられるかしら」

「はいはぁ~い……あらぁ?」

「何?」

「悪魔、ですかぁ……会長もこわぁい本、読むんですねぇ」

「いいじゃない」

「こんな本、中々借りる人いませんよぉ……ほら、一人だけ」

「……先月じゃない。二年の……都灯璃愛つとうりあさん」

「都灯さんですねぇ……これ借りたときぃ、とぉ~~~ってもこわぁい顔してましたよぉ」

「そう……じゃ、借りてくわね」

「はぁ~い、期限内にお返しくださいねぇ~……ふあぁ」





 住宅街を見下ろすようにして、電車が揺れる。

 律軌は腕時計を確認して、家に帰る時間は無さそうだと窓の外へ視線を移した。先ほどまで歩いてきた道と、その先で大きく構える奏野総合病院が段々と小さくなっていく。

 ……病院の受付で告げられた言葉が、頭の中で繰り返される。


―――きさき貴音さん……ごめんなさい、まだ目が覚めなくて……面会はできないんです。


 何度目かの同じ返答。最早わかり切っていたと、肩を落としながら駅へと向かってきた。

 やがて、電車が止まる。かつて最寄り駅として使っていた改札の風景に懐かしさを感じながら、駅を出て歩く。

 一歩を踏み出す度に、記憶が蘇る。迫り来る過去を振り払うように、足を速めた。

 気付けば目的地である霊園の中に入っており、冷静さを欠いて歩いていたと理解した瞬間冷や汗が流れる。

 呼吸を落ち着けて、今度はゆっくりと歩みを進める。

 宮下家と書かれた墓の前で、持ってきた線香の束を取り出して火をつける。


「……久しぶり、姉さん。私、天祥に入学したよ。ロザリオから話を聞いて、魔法少女になって……」


 友達もできた、と言いかけて、言葉に詰まる。

 あの二人は、自分にとって本当に友達なのだろうか。当然、舞華や優乃はそう言うだろう。しかし、律軌はどうしても、二人との間に溝を感じてしまう。

 初めて魔法少女として戦ったあの日、二人は連れ立って歩いていた。魔法少女という特別な関わりが無くとも、舞華と優乃が親しい関係にあることは変わりない。

 しかし、自分はどうだろうか。舞華に友達だと言われたのも、優乃が外へ連れ出したのも、魔法少女という特殊な関係があったからだ。結局、律軌から見れば成り行きの関係でしかなく、踏み込むことに抵抗があった。


「……でもね、姉さん。あの子は……姫音舞華は……姉さんに、よく似てる」


 自然と、口角が上がる。自分自身でも気付かないうちに、笑顔になって墓石に話しかけていた。

 いつしか、日が傾くまで話し続けた律軌は、少し軽やかな足取りで帰ることができた。





「あ、おかえり~!」

「宮下、さん、これ、どうぞ!」

「……は?」


 寮に帰った律軌を、舞華と美南が出迎える。そして、二人の手には多数の駄菓子とぬいぐるみがあった。


「いやー、杏梨ちゃんと芽衣ちゃんがクレーンゲーム上手でさぁ!」

「わたしと、皐月さんが、あたふたしてる間に……こんなに、沢山、取っちゃって」

「みんなで分けたんだけど余っちゃって、せっかくだからもらってよ!」


 なんとなく気が抜けてしまい、息を吐く。

 二人の手から荷物を受け取ると、部屋へ向けて振り向きもせずに歩き出した。


「……ありがとう」

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