第4話深夜零時のささやかな逢瀬 嶋倉と内山

 午前零時。

 俺はようやく、身体を横にすることが出来た。

 思えば横どころか、座ることすらままならなかった気がする。

 今日は氏名が三人、飛び込み一人、ヘルプ対応……。そして、閉店後、後輩のカットのチェック。

 よくこんな働き方が出来るなと、自嘲気味に笑う。頭がうまく回らない。あぁ、とにかく疲れた。

 本当なら、ゆっくり湯船に浸かって身体を解したいところだが、そんな体力も残っていない俺は、手早くシャワーを浴びてベッドに転がっている。

 さっさと眠ればいいのに、頭だけは妙に冴えてしまって眠れない。今日で五連勤。明日行けば休日だが、それもたったの一日だけ。果たして疲れが取れるだろうか。

「疲れた。もう無理。死にそう。さっさと独立してぇ……」

 ボロボロと溢れ出す本音たち。溜め込みがちな俺は、今夜だけはと自分を許して、言いたいことを言わせることにした。

「内山に会いてぇ……」

 たくさん吐き出した弱音や愚痴の中から、コロンと転がり落ちたその言葉は、疲れ果てた俺の心を支配した。

 会いたい。話したい。触れたい。

 内山の笑顔が、怒り顔が、声が、そばにいる温もりが、脳内で再生される。

 我ながら、自分勝手だと思う。

 内山の気持ちを知っていながら、そしてそれは、俺も同じであると自覚していながら、最後の一歩が踏み出せずに、いつだって内山にお預けを食らわせている。

 この身体、女として生まれたこの身体を、内山に見せることが、どうしても出来ない。

 ゲイである内山に、この身体は無理だろう、とか、気持ち悪いと言われたら、だとか、一人で抱え込んでしまう俺の悪い癖が、内山相手になると抑えが効かなくなる。

 申し訳ない。ごめんなさい。そんな罪悪感とともに内山と接していても、アイツの笑顔に、声に、言葉に救われてしまって、結局六つも年下のアイツに甘えきっている。

 情けない。でも、好き。

 気がつけば俺は、内山とのメッセージ欄を開いていた。そこには一週間ほど前に、何気ない会話をした形跡がある。

 一週間。

 その思わぬ長さに、俺はたまらくなって通話ボタンへと指を置きそうになる。

「まてまて、もう深夜だぞ……。寝てるって……」

 そう、自分の指に言い聞かせるも、もう心は、頭は、俺は、内山の声が聞きたくてたまらない。

 もう一度メッセージを読もうとした瞬間、とうとう通話ボタンに指が触れてしまった。

「げっ!」

 俺は飛び起きると、急いで終了ボタンを押す。ほんの一秒もかからなかった。着信音すら、聞こえなかったと思う。

 しかし、履歴が残る。あぁ、なんて言い訳しよう。深夜にお前の声が聞きたくなって、なんて言えない。だって俺は、あいつより六つも年上で、そのくせいつも頼りっぱなしで、アイツを受け入れもしないのに、あぁ、もう……。

 ぽいっとスマホを枕へ投げた瞬間、着信音が鳴った。俺は慌ててスマホの画面を確認する。そこには会いたくてたまらない人の名前が、大きく表示されていた。

「もしもし……」

『嶋倉さん?どうしたんすか?』

「いや、別に。起こしてごめん」

『いや、起きてましたよ?ゲームしてました。嶋倉さんも参加します?』

 過労でボロボロになっている俺をよそにゲームかよ!と思わず腹が立ったが、そのあっけらかんとした誘い方がまさに内山らしくて、俺は綻んでしまう。

「いや、いい。もうもうクタクタなのよ。死にそう」

『今から行きましょうか?』

「いやいや!例えだから!死にやしないから!」

『なら良いですけど』

 無理しないでくださいね、という内山の言葉が、崩れ落ちそうな俺の身体を支えてくれた。

 あぁ、こんなにも弱ってたんだ、俺。

「うん、ありがとう……。ごめんな、こんな時間に」

『全然、いつでも掛けてきてください。嶋倉さんの声、聞きたいんで』

 さらっと言うんじゃねぇ!俺はその、たった一言の言葉に逆上せてしまった。それが言えずに、出来ずにいた俺が馬鹿らしい。そして、悔しい。

 悔しいんだけど、そういう所をカッコいいと思っているんだ、俺は。

「ありがと。……あの、俺も、そうだったよ」

 内山に倣って素直になろうとしたけれど、上手く言葉が出てこなかった。それを悟られまいと、「おやすみ」と言って、終了ボタンを押そうとした、その時

『頑張ってください』

 とても優しい声が受話器から聞こえた。そして、ピロンという音がして、これまでの時間が夢だったかのように、いつものホーム画面が表示されていた。

「うん……。頑張るよ」

 俺はスマホを抱きしめて、そう呟いた。頑張ろう。明日一日。

 そして休日には、内山に電話を掛けよう。だって、声が聞きたいから。

 一分でも一秒でも、一言でもいいから。

 そう思いながら、俺はいつの間にか眠りについていた。

 明日も頑張るために。

 そして、愛しいあの人と、語り合うために。

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