夢のかけら『PIECES OF A DREAM』

 彼女は楽しげに、鼻歌はなうた交じりで軽くダンスのステップを踏むように、絵筆えふでをふりふり、らしながら、前へ前へと進んでいく。描かれたものは、きらきらと、千差万別せんさばんべつかがやきを放ちながら、気ままな風にあおられて、あたりにまきらされ放題ほうだい

 あとを追いながら、あたふたと、絵を拾い集める。拾っても拾っても、後から後から、飛んできて、風に舞うだけ舞ってから静かに降りてくる。高く舞い上がって、下に降りてくる気配がないものもある。藍色あいいろ夜空よぞらに、まるで星のように張り付いてしまう。

 天蓋てんがいに掲げられた絵を、私はみることができない。手元てもとに拾ったものが、他愛たあいのない作品というわけではない。小さな断片のようなスケッチに、私は手を止める。胸を打たれる。感動かんどうの涙が込み上げ、ほほを伝う。彼女はどんどん先にいってしまう。私はあわててそれをぬぐって、拾い上げたたくさんの絵のなかに、それをかさねて、しっかりともつ。

 彼女は歩みを止めない、手も止めない。少しは手を休め、足をとめ、自分が描いたものを整頓せいとんしたり、分類ぶんるいしないものか。そうすべきじゃないのかと、私は声をかけて言おうとしているが、いろんなひとが、代わる代わる入れ替わり立ち代わり、話かける、彼女に。彼女は手をとめないまま、彼らにこたえる。笑顔で応える。会話は短い。話しかけた人は、話しかけたときと同様どうように、また唐突とうとつに消えていく。

 彼女の周囲しゅういにはたくさんの人がいる。自分もその一人だ。話しかけても会話かいわは短い。彼女のことを、彼女の才能さいのうを、たくさんの人が心配している。なるべくいい状態じょうたいで、たくさんの作品を、次から次に生み出せることを、望んでいる。なぜ、どうして? お金になるから? それだけ彼女の作品がすばらしいから? 価値かちがあるから?

 彼女は自分の価値についても、体についても無頓着むとんちゃくだ。自身の愛情についても、おそらくは。彼女もいつか、恋に落ちるだろう。その恋を想像することさえも、いまの私にはかなわない。彼女の絵筆えふでを望む私たちは、彼女を愛していることになるのだろうか。わからない。私もわからない。それでも、後を追い続けずにはいられない。

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