前世がネジだった男

前世がネジだった男 1/3

 前世、僕はネジだった。プラスネジだ。

 もっと言えば、災害時の備えとして買った防災バッグに付属の、手回し発電機付き防災ラジオのネジだ。

 僕の填められたラジオを買った家は、幸い数十年間大きな災害には合わず、ラジオは数度の動作確認を行ったのみで、一家の引越しを機に廃棄された。


 「前世の記憶で知識チート」とかいう概念が前々世、人間だった頃の記憶にあったようだが、何せ前世はネジである。

 「前世の記憶なんか活かしようがねーな」と、ネジ当時に思ったことは覚えているが、具体的に前々世にどんな記憶があったかは不明だ。

 どうやら、記憶は前世分までしか引き継がれないらしい。


 前々世が人間らしく、前世がネジだった僕は、今世でまた人間に生まれてしまった。恐らく前世と同じ世界、同じ国、近い時代に。ネジの記憶による知識チートは難しいと思われる。

 ただ前世がネジであるためか、狭い所に潜り込むのは小さい頃から好きだった。

 ネジは寒さを感じなかったが、人間は寒さを感じる。僕は前世の記憶を思い出し、布団の中で体をよじった。


 ピンポンピンポン、と喧しく呼び鈴が鳴る。

 僕はネジらしく、布団の中により深く潜り込んだ。


 ガチャガチャと金属の擦れる音。

 ネジの僕にはわかる。あれはマイナスドライバー二本で、強引に鍵をじ開ける音だ。普通に犯罪行為なので辞めて欲しい。


 バタン、と1Kの部屋のドアが開かれ、ドスドスと乗り込んできた足音が、僕の枕元で止まった。

 布団が強引に剥ぎ取られる。全裸なので寒い。

 そんな僕を一切気にすることもなく、不法侵入者は鋭い調子で告げる。


「行くわよ、ネジ」

「もう五分」

「頭にドライバー突っ込むわよ」


 今世の僕にネジ穴は無い。頭蓋骨も尖った金属よりは弱いので、僕は素直に起き上り、手早く昨日と同じ服を着た。


「昨日と同じ服じゃないの」


 目敏く指摘され、上衣だけ新しいシャツに替える。昨日着たシャツも洗濯前にまだ一日くらい着れるので、こいつに会わない明日に着よう。


「準備できた? なら今すぐ出るわ」

「朝ごはん食べたい」

「本当に時間無いから。昼に倍食べなさい」


 人間は食い溜めは出来ても、食わず溜めは出来ないものだ。

 しかし、時計を見れば遅刻寸前なのは事実なので、僕は飴玉一つを口に放り込み、慌てて彼女の背を追った。

 そんなに急いで何の用事があるのかと言えば、今日は運転免許の本試験を受ける予定なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る