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四十年前、人類には残機制が導入された。
人が死んでも、残機がある限りは
二十年前、この国でも早期自主退世制度が導入された。
国民が自ら死ぬことが国家に推奨された。
死による特典、褒賞などは特にない。
規則に則って自ら死ぬことで、死者には名誉が与えられる。
ほとんどの人はこの制度を利用しなかった。
残機は人によって所持数が異なる。全人口の約半数の人は、生まれた時から残機が一しかない。
そして、全人口のほぼ十割は、ウィルス感染によって一度死ぬ。
つまり、約半数の人は残機ゼロで暮らしているわけだ。
残機の数を確認する方法はないので、死んだ後に生き返ったなら、残機があったのだな、とわかる。
なければ死んだままになる。
こんな制度を誰が利用するのかと言えば、単純に名誉を命より重視する人、この世に未練がない人、それから、「代理人」欄に書きたい名前がある人。
制度に則って死んだ際、残機があって生き返った場合は、代理人が代わりに死ぬことになる。
代理人への指名に本人の許可は必要なく、きちんとした書式に、個人を特定できる形で書いていれば、それだけでいい。
正規の見届け人がリスポーンを確認したら、そのまま担当官が代理人の所へ向かい、適切に対応する。
「……久し振りに、死のうかな」
遺書は前に書いたのがそのまま使えるし、早期自主退世の申請書だけ新しく作成する。
一人で役所に行って、見届け役の人と学校に戻り、屋上から飛び降りる。
「……いたた……」
リスポーンアンカーを設置した部室のソファで、私は体を起こした。
傷などは残っていないが、死ぬ直前に感じた痛みの残滓がある。
「鳶尾理世さん、リスポーンを確認しました」
屋上から戻ってきた役所の人が、指紋とサインを機械照合し、私が私本人であることを確認する。
私が生き返ったので、役所の人が代理人対応の人に連絡して、野球部の柳生先生に対応してもらった。
柳生先生は、目をつけた一人の生徒から人権を奪い、罵倒し、暴力を振るい、生け贄のようにして、野球部のやる気と結束を高めていたそうだ。生け贄の生徒は、早期自主退世の書類も書かずに自殺した。
元野球部の大矢君はそれが理由で転部し、代理人にも柳生先生を指名していた。
そのまま帰ろうとした役所の人を引き留め、私は急いで次の申請書を書き、その場で提出した。
また屋上に戻って、飛び降りる。
「…………痛いなぁ……」
また生き返ったので、今度は水泳部の水野先輩という人に対応してもらった。
水野先輩は水泳で国の代表候補にもなった人で、何人かの仲間と共に、水泳部の一般部員を奴隷扱いしていたらしい。部費の名目で強引にお金を集め、仲間と遊ぶお金に使ったりもしていたそうだ。元水泳部の入水君が代理人に指名していた。
私は急いで三枚目の申請書を書き、役所の人と一緒に屋上へ戻った。
「…………うぅ……」
生き返ったので、吹奏楽部顧問の
理由は聞いてないけれど、玖々莉さんが代理人に指名していたからだ。相応の理由があったのだろう。
笛吹先生には残機があったので、四枚目の書類にも同じ名前を書き、屋上に戻り、生き返り、対応してもらった。
役所の人は、どうせ五枚目もあるんだろうという顔で待っていてくれた。
私は四枚目の申請書を提出し、屋上に戻る。
生き返ったので、福土さんのお母さんに対応してもらった。
後はもう代理人に指名したい人も、指名できる人もいない。
私は書類待ちの格好でこちらを見ていた役所の人に丁寧にお礼を言って、役所にお戻りいただいた。
今回だけで、私は五回死んだ。
これまでにも三回死んだので、私の残機は最低でも八機はあったらしい。
我ながら、生き汚いなと思う。
残機を八機も持って生まれた私と、一機か二機しか持たずに生まれた人達。
命の価値は、平等と言えるのだろうか。
死ぬ時の痛みは、なかなか慣れない。
普通は慣れる前に残機が切れるのだから、慣れなくて当たり前なのだろうけど。
§ § §
顧問も死んで、部員もほとんど死んでしまったけれど。
理事長との約束自体は果たせていたので、死ぬ部は無事、存続できた。
すぐに春が来て、私は三年になった。
それから夏が来て、秋が来て、冬が来た。
私は一年前と同じ理事長室の前で、深く息を吸い、吐く。
これから言われること、これからやるべきこと。
わかってはいるけれど、気が重い。
屋上から飛び降りる方が余程気楽だ。
それから四度、深呼吸を繰り返してから、私はその部屋へと飛び込んだ。
<了>
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