記憶容量の無駄遣い

記憶容量の無駄遣い 1/3

「ねぇ、あれ覚えてる?」

「んぁ……」


 涎の冷たい感触。反射的に啜ってしまい、慌ててハンカチでマスクの内側を拭う。


 教室の窓際、私の席。

 顔を上げた先には、前の席の前野ゆう


「……どれ?」


 問い返しながら見下ろせば、最後の記憶の中で開いていた地理の教科書は、マスクのお陰で水没を免れていた。

 パンデミック様々だ、と、寝惚けた頭は不謹慎なことを考える。


「スリランカの首都」


 こいつは寝起きに何を、とは思うけど、聞かれたのなら答えよう。


「スリ・ジャヤワルダナプラ・コッテ」

「じゃあブルネイ・ダルサラームの首都は?」

「……バンダル・スリ・ブガワン」


 折角答えたのに、随分あっさりと流される。

 前野は失礼な奴だ。昔から。


「ピカソのフルネームは?」

「パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ……デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリア・デ・ロス・レメディオス……クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ……サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ」


 途中つっかえたけど、たぶん言えた。


「寿限無のフルネームは?」

「寿限無寿限無、五劫の擦り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末……食う寝る所に住む所、ヤブラコージのブラコージ、パイポパイポパイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助くん」


 くん、は要らなかった。


「恵比寿駅の両隣は?」

「あー……渋谷と目黒」


 だっけ。降りたことないけど。


「マウンテンゴリラの学名は?」

「ゴリラ・ゴリラ……ベリンゲイ?」


 だったよね?

 ヒガシローランドゴリラがゴリラ・ゴリラ・グラウエリだもんね?


「真!超絶竜巻真空斬のコマンドは?」

「6321463214+P……あ、ごめん。どの?」


 '95だけ違うんだっけ。カプエス2も違うな。

 で、これ私何聞かれてんの? 心理テスト?

 どんな心理テストだよ。何心理だよ。


「ねぇ前野、これ、何?」


 ようやく目が覚めてきた私は、軽く睨むようにして問い返した。


「逆に聞くけど、何なら覚えてないの?」


 逆に聞かれた。

 んん? 逆にか?

 さっきまで私、相当聞かれてたよね?

 別に逆じゃなくない?


 でもまぁ、聞かれたら答える。


「歴代徳川将軍とか、トム・ハンクス主演映画を10個言えとか、あとあれ、2bc分のナントカみたいなやつ」

「すらすら出てくるなぁ」

「覚えてなかった、ってのは覚えてるから」


 せめて、トム・ハンクス主演映画くらいは覚えたいところ。

 何だっけ。メグ・ライアンのやつ。

 『プライベート・ライアン』?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る