四十八日目 雨宿りの古書店
いきなり降り始めた雨に、あわてて走りだした。雨が降るなんて聞いていない。折りたたみ傘すら持ってきていないから濡れてしまう。とりあえずは雨宿りをしようと、目に入った店に飛び込んだ。
「……おや。外は雨だったのですね。いらっしゃいませ」
入ると、そこは穏やかな曲のかかる店だった。本が並んでいるけれどやけに年季が入っているように見えるから、古書店だろうか。店名を見ていなかった、とそこで気づく。
「このタオルをお使いなさい。そのままでは風邪を引いてしまうかもしれませんから」
タオルを差し出した店主は、うさぎの頭をしていた。ベストのスーツにスラックス、ネクタイはきちんと締めている。
「私の頭が不思議でしょうか? 私はこういうものなのです。少し変わっているでしょう。お気になさらず、どこかにお座りください。せっかくいらしてくれたのですし、一杯珈琲でもいかがでしょう」
そう言って、うさぎの、声からしておそらく青年の店主は、慣れた手つきで珈琲を一杯入れるとこちらに運んできた。雨に濡れて多少の寒さを感じていたので、温かい珈琲は落ち着く。
店主は、ここが古書店であり、喫茶店も兼ねていると話した。読書もしていただきたいので、ご要望の方には紅茶や珈琲をご用意しています、と。
「……すみません、雨宿りに飛び込んでしまっただけなのに……」
「いいえ。あなたが飛び込んだ店がここだったのも、何かの縁ですから。あなたは普段本などはお読みになりますか?」
「いえ、あんまり……」
ふむ、と考えて、店主は本棚から一冊の本を持ってきた。
「ならば、これはいかがでしょう。せっかくですから、ほんの少しでも読んでみては。これはわかりやすく短い話ですから、読書の経験が薄くとも読みやすいかもしれません」
本は読まなくなってしばらく経つ。けれど、その本は装丁も綺麗で、難解な言い回しも少ないと言う。おまけに、珈琲がなくなれば追加いたします、とのことだ。ならば、これだけ読んでいくのも、とページを捲った。
読書に集中できなくなったと思って久しいのに、その本はすらすらと読めた。文字に入り込むのがいつもよりもずっと早い。時間があっという間に過ぎる。珈琲もいつの間にかなくなって、いつの間にか追加されていて。ぱっと顔を上げると、店主は微笑んで珈琲を飲んでいた。
「……もう一冊、読んでいかれますか?」
それは、甘い囁きで。気づけば、はい、と頷いていた。
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