四十五日目 追憶遊園地
昔、大好きだった遊園地があった。
小さくて人もそんなにいなくて、お世辞にも大人気だなんて言えないところだったのだけれど。それでも、観覧車で街を見下ろすことができて、駆け回って遊ぶにはじゅうぶんなほどのアトラクションはあった。
大学が決まって、一人暮らしもすると決まって引っ越して以来、遊園地には来ていなかったのだが、その間にどうやら遊園地は潰れてしまっていたらしい。
もう、アトラクションのいくつかは壊されていた。あのときそびえ立っているように見えた観覧車は跡形もなくなって、ただの残骸と化していた。メリーゴーランドも馬がなくなって空っぽだ。明るく輝いていた明かりは全て消えて、日が沈んだばかりの夕暮れには余計に暗く見えた。
「……暗い遊園地って、こんなに寂しく見えるんだ……」
かしゃ、と注意書きの紙がぶら下がる柵に手をかける。危険なので関係者以外立ち入り禁止。一瞬だけ足を止めて、迷いを振り切って柵を超えた。
「少しだけ、……だから……」
だめだということはわかっているけれど、最後の最後に目に焼き付けておきたかった。
急激に暗くなってゆく敷地内に灯るのは、おそらく作業用であろう街灯のみ。夕方くらいについていた明かりはもうついていない。子供たちの賑やかな声もキャストのアナウンスも聞こえない。自分のパンプスの音だけがして、誰かに見つかるのではないかと少しだけびくびくした。
「昔、遊園地で働きたいって思ってたな」
遊園地が一番の思い出の地だったからだ。壊された観覧車も、馬のないメリーゴーランドも、レールが途中までしか残っていないジェットコースターも、お化け役と仲良くなったお化け屋敷も全部。楽しかった場所で働きたいと思っていた。
「結局、違う仕事についてるけど」
そんなふうに思い出しながら歩いていれば、あっという間に一周してしまう。この遊園地は本当に小さい。確かに、いつ潰れてもおかしくなかった。
乗り越えた柵をもう一度超えて敷地を出る。仕事の疲れで重くなっていた体が少し軽いように感じた。きっと気のせいだ。
さようなら、私の思い出の遊園地。最後にもう一度顔を向けて、今度こそ振り返らない。
今日の夜は、好きなものにしようか。
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