三十九日目 本当に忌むべきなのは

 嫉妬、憎悪、あるいは嫌悪。この街には、様々な感情が渦巻いている。

 みんなにこにこ笑っておきながら、裏ではあれこれと文句を言ったり舌打ちしたり。暇なものだな、と思う。

「おう、姉ちゃん。最近見なかったじゃねえの。調子はどうだい」

「別のとこに出かけてたからね。元気だと言いたいとこだけど、あいにくこの街の空気のおかげで最悪だよ」

「まァそんなもんだろうさ。ここに居着くやつなんざろくなもんじゃねえ」

「それを言うなら自分にも返ってくるけど」

「そりゃそうだろうよ。わかってる上さ。で、今日の用件はなんだい?」

 聞かれて、どんとその袋を差し出した。大量の紙切れ。それには、複雑怪奇な模様がびっしり書かれている。

「呪いが書かれた符だ。あんたにこれを燃やしてもらいたい」

「ほぉん。……こりゃ怨念こもってんねぇ」

「私じゃ穏便にやることはできない。頼むよ、金は出す」

「ま、やってやろう。しかし、姉ちゃんが呪い関係に手を出すとは珍しい。嫌いなんじゃなかったのかい」

「……まぁ、ちょっと。最近いろいろあったんだ」

 大した関係でもないこの男に話す義理は、正直なところなかった。遠ざけていた身内が呪い殺されたからみたいな理由は、聞いたってふうんで終わる話だ。まさか呪い殺したやつを今度は自分が呪ってやろうなんて、べらべら話すような人間ではない。

「じゃ、こんくらいで全部やろう」

「ん、はい」

 まいどありー、という呑気な声を置いて、軽くなった足を外へ向けた。

 今まで忌み嫌っていた呪いというものに、自分は足を突っ込もうとしている。決意は揺るがない、とは、本当は言える気がしない。やり返しなんて、やらないと思っていた。やるような人間にならないようにと思っていたのだ。あっさり壊れてしまったけれど。

 あれだけ関わるものかと思っていたくせにこれだ。結局、人の意思なんて弱いのだなと突きつけられた気分だった。

 ……本当に忌むべきなのは、もしかしたらもっと違うものだったのではないか。

 そんなことがよぎったりもする。

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