三十八日目 小鳥が贈った

 ちゅん、と窓から覗く影がある。

「……おはよう。今日も来たんだね」

 窓から覗き込むその小さな影は、もうひとつちゅんと鳴いて、起きたばかりの彼のもとへ飛んできた。

「朝から元気だねえ」

 掛け布団の上にちょんととまって、小鳥は彼を見上げた。首を傾げて、なにもわからないみたいに近づいてくる。

「そんなに近づいてもなんにもないってば。……ぼくは、ここからほとんど動かないんだし……」

 起きたばかりで寝巻きのままの姿。窓こそ開けたものの、朝ごはんを待つしかなくて暇だから読んでいた本。彼には、自分の部屋以外に知る世界がほとんどない。あっても本の中の世界だけ。

「……たぶん、今日もベッドの上のままだよ。今日はそんなに体調わるいわけでもないけど、母様はお庭にも出してくれないんだ。心配性だからね」

 体が弱いからって、そんなに閉じ込めなくたっていいのにさ。

 そんな話を聞いているのかいないのか、小鳥はまたもちゅん、と鳴くと窓から飛び去っていった。

「いっちゃった。そんなこともあるか。……あさごはん、なにかな」

 パンにジャムがついていたらいいな。そんなことを考えながら、閉じた本を開き直した。

 今読んでいるのは、華やかな観光地やちょっと外れた道などを練り歩いた旅行記だ。実在する場所に関しての体験記などを読むのが最近のお気に入りで、特に陽の光を浴びながら読むとよりいっそう気分を味わえる、気がする。気がするというだけだけれど。

 今の章はご飯を食べた話。町の隅っこの喫茶店にお邪魔したら、とてもおいしいご飯ばかりで、店員さんも朗らかで楽しいお店だったと綴ってある。窓際などにはドライフラワーや生の花もおかれていて、雰囲気まで素敵な喫茶店であったと。

「……いいな、旅行、楽しそうだな」

 彼は行けない。体が弱いからということももちろんあるけれど、それ以前に家のものが許してはくれないだろうから。

 そっと諦めに顔を上げると、さきほど去ったはずの小鳥が、枝をくわえてこちらを見ていた。差し出してきたので受け取ると、それは綺麗に咲いた花のついた枝だった。

「わ、ありがとう」

 それは、偶然にも読んでいた本の写真に載っていた、窓際の花にそっくりだった。

「大切に飾っておくね」

 今日は少しだけ、いい日になるかもしれない、なんて。

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