三十一日目 ナイト・サーカス

 建物も何も立てられていない、ただ広いだけのその場所。時期が来ればそこでお祭りなどが開かれたり、小学生のサッカークラブが試合をしていたりもするけれど、建設の予定は長らく立てられていない。

 なんでも、夜になると、その場所からは賑やかな音が聞こえてくるという。軽快で明るい音楽、時折響く動物の鳴き声、響く歓声。

 人によっては、やけに真っ暗な土地に、大きなテントが張られているのに気づいた人もいるらしい。ぽつんとそこだけ明るくて、明かりのついた大きなテントがあったのだと。

 目撃者は何人かいるにもかかわらず、いざ見ようと張り込んでみるとその夜は何も現れない。それなのに、次の日張り込むのをやめてみればテントを見たという人が現れる。

 やがて、そんな不気味なテント、おそらくサーカスを、周辺の人々は恐れるようになった。それもそうだろう、人はわからないものを恐れるものなのだ。そうして、元々人気のなかったそこにはさらに人が寄り付かなくなった。

 そんな話を聞いて、ピエロは思うのだ。もうこのサーカスに人は来ないのだな、と。

 昔は人が来ていた、なんてそんなことはない。けれど、今よりは人が来ていた。夜になると現れる不思議なサーカス団だと嬉しそうにしてくれた人がいたのだ。けれど、それも今からは随分前のこと。しかも、この場所ではないどこかだ。価値観も違って当たり前。選んだ開催場所を間違ったのだとようやく気づいた。

「このボールも、芸も、音楽も、まともに届かないのか……」

 笑顔を見てみたかった。与えたのは真逆のもののようだけれど。

 さあこっちにおいでと招いてちょっとした芸を披露する子供はいない。いつも上げる歓声はフェイクだ。からっぽの歓声。客なんていないのだ。

 ここではないところに移れば変わるだろうか? そう思った。

 次第に夜のサーカスは静かになってゆく。歓声はなくなり、動物の鳴き声も響かなくなり、音楽も止まった。


 そう長く経たないうちに、夜のテントは、忽然と姿を消したのだった。

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