二十七日目 牧場にあらわれた

「……なんだ、これ」

 さあ仕事をしようと牧場に出た途端、それに出くわした。ゼリーのごとく柔らかいようで、水のように全て流れてはいかない不思議なもの。どこからどう見てもスライムである。

「なにをどうやって発生してここに来たんだ……あ、おい、食うな食うなばか」

 興味本位でやってきた羊を断固近寄らせまいと押しのけた。

 目の前のスライムは、それになんの反応も見せずうにょうにょと蠢いている。一体何がしたいのだろうか。目もない、当然口もないから喋らない。つまり、意思疎通が叶わない。

「流すとつまりそうだしな……どうしようかな」

 スライムはしばらく自分の周りをぐるぐると回っていたが、ふいにぴたりと止まると、さらにうねって突然形を変えだした。

「え、」

 そうして、なったのは隣にいる、羊だった。毛の色もシルエットもそのままの羊だった。

 羊に姿を変えて動かなくなったので、そっとスライムの羊に触れてみる。見た目は完璧な羊なのに、触れるとスライムの感覚はそのままで、見かけだけなのだとわかった。

「……どうにもならんな……」

 さて、こいつをどうすればいいだろうか。

 そう考えたときだった。飼い犬が、元気に通り過ぎていったのだ。なぜか土だらけだった。そうか、さっきまで穴を掘っていたのだ。あの飼い犬は、穴を掘るのが大好きなのである。

 そうだ、このスライム、埋めてしまおう。たしか最近掘られた穴はとても深くて大きかったはずだから。

 そうと決まれば行動は早い。いつのまにか犬の姿に変わっていたスライムを抱いて、穴へひょいと落とした。ぺしゃりとスライムに戻ってうごうごとしているのを横目に、さっさと土で埋める。しっかり踏み固めるのが大事である。

「……ふう」

 踏み固めたうえで水をかけて固めて、重めの石でも乗せておいた。これで土に還ってくれたら嬉しいくらいの気分だった。案外、やってしまえばあっさり終わるものなのだ。


 ……と、最初は思っていた。

「……お前、どうやって帰ってきたの?」

 一週間後の朝、ノックされたと思ったら、訪れたのは先日のスライムだった。その時の沈黙より重いものは、今のところない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る