二十三日目 天使のすること

「じゃあ行ってきます!」

 またか、気をつけろよ、という声を背に、飛び出した勢いのまま翼を広げた。何枚か白い羽を散らしながら、翼を羽ばたかせて空を飛ぶ。

 仕事先の本社住宅街のある場所を通り過ぎて、行くのは今よりもさらに低い場所だ。居住地よりもずっと低い、ここよりもっと地獄に近いところ。

 明るくて白っぽい景色から離れ、薄暗くなり始めたところで、地面に着地する。

「今日は遅めじゃないか」

「ごめん、先輩がしつこくてさ」

 足を身につけてまもなく、待ち合わせの相手は声をかけてきた。思っていたより待っていたみたいだ。

「私が最近よく出ていくの気になるらしくて、今日もまたどっか行くのか、だって。仕事だってずっと言ってるのになんか疑ってくるんだもの。失礼しちゃうな」

「……まあ、いつも行く方向が明らかに人間の世界じやないからな。怪しんでるんだろ」

「そりゃそうだろうけど。堕天しに行ってるんじゃないもん私だって」

 危ない橋を渡ってるのはお前も僕も一緒だぞ。彼は呆れたような顔をした。自分とは対象的な黒い翼に、黒っぽい髪と瞳を持っている。自分とは真反対のひと。悪魔みたいなもの。

「お前がそんなぎりぎりでいいなら僕も止めはしない。責任も負わん」

「いいよ、私がやりたくてやってるのもあるし、結局君だって危ない橋なのは同じなんだし」

 天使と悪魔、対極の存在のくせにやろうとしているのは、悪魔の世界に至るぎりぎりの地点に迷い込んだ人間を助けること。天使であればほとんど来ないところ、悪魔であれば人間を助けるなんてほとんどしない。

 じゃり、と砂みたいな地面を踏んで、人間がさまよっていないか視線をめぐらせた。

「まあでも、」

 別に、

「堕天しちゃってもいいかな、とは正直思うかな。そしたら君といっしょにいる時間伸びるでしょ?」

 そう言ったら、一種の魔である彼は何を馬鹿なことを、とでも言いそうな顔をした。理解できないようだった。

「天使にこだわりないし、結局性格の悪い天使なんか山ほどいるし」

 純粋無垢な天使は、わざわざ自分に毒になる場所に近いところなんて来ない。

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