二十二日目 鐘の印の封蝋

 町に伝わる噂曰く。

 鐘の封蝋がされた手紙が届いたら気をつけろ、という。

 それは見つかった証拠であり、もう終わりであることを意味するのだと。もう逃げ出せないのだという印であるのだ、と。

 赤い蝋の中央に、大きな鐘の印がひとつ。それの中身は、「みつけた」と四文字だけだ。その後どうなるのかは伝わっていない。だから、誰も知らない。

 とある民話には、盗んだもので儲けようと、出てはならないと固く言われていたのを無視してこっそり出たのに、その手紙が届いてから姿を見かけなくなったとあるし、村でできた果物の木の種がとても良いものであったから広めようとしたら、鐘の印の封蝋の手紙が来て村へ帰ったとある。別の民話では、鐘の印の封蝋は鐘の音を聞く合図と言われており、その封蝋の届いたものだけが、地獄のような鐘の音を聞いて狂ってしまったとも言われていた。

 各地域の民話、民謡によって全く別の噂が伝わっているが、結局のところ本当はどうなるのかはわかっていない。死ぬかもしれないと考えると皆やらないからだ。研究者とて、死にたくて研究しているのではない。

 けれど、気になるじゃないか、と腰を上げたのは、町の若い職人だった。村では数少ない、鐘の管理をしている職人だった。

 この町の鐘は、皆が恐れるから鳴らされないし、動かされもしない。けれど磨いたり壊れていたら修理はしなければいけないと町人は騒いだので、職人がいるのだ。なりたがる者がいないから、とても少ないけれど。

 そんな少ない人材がいなくなってしまったら。恐れた町人は、彼を必死に止めようとした。しかし、結局止めることはかなわなかった。彼の好奇心旺盛さに負けたからだ。元より好奇心で鐘の職人になったものなので、止められるはずもなかった。

 そうしてひとつ山を越えてさらに二つ隣の街まで出て、鐘の音なんてどうやっても聞こえないだろうというところに彼は住むことにした。どうなるのかわくわく心を躍らせながら。

 彼は金物について学びながら日々を過ごした。そんな数週間後、郵便物として、封筒が届いた。──鐘の印の封蝋。白い封筒。手紙。

 開けてその文面を見て、彼は、荘厳な鐘の音を聞いた。遠いはずなのに、聞こえる鐘の音を。

 ああ、あんなに近くにいたのに、鐘の音を本当に聞くのははじめてだな。

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