二十一日目 書棚の上の朱

 父の書斎には、入ってはいけないと言われていた。母でさえ入れなかったから、書斎に何があるのか知っているのは父だけだった。

 しかし、優しくて頼もしくていけないことをした時には叱ってくれて、けれど書斎だけは断固として譲らなかったあの父は、もうどこにもいない。

 恐る恐るドアノブに指をかける。鍵はかかっていなかった。

 書斎にはきっと物が多いだろうから、整理はしないとねと言い出したのは母だ。本当は母も姉も来る予定だったけれど、母は急な仕事、姉は来週のイベントの準備で駆け回るとなればあとは私しか残らない。片付けはそこそこするが基本的に物が多い父のことだから、きっと時間がかかるだろうな、と思った。

 扉を開けてまず目に入ったのは、天井まで伸びる本棚だった。見る限りは備え付けの本棚のようだ。隅まで本が詰まっているところが父らしい。右に視線を向けるとデスクがあって、デスクの横には私の腰ほどの高さの本棚があった。

 なんだかいけないことをしているような気分になるな。

 まずはデスク周りから整理していこう、と手を伸ばして、視界の隅をよぎったものに手が止まる。

 小さな本棚の上には、やけに細長い箱があった。朱色の地に蝶や鞠が描かれたそれは、私が着た振袖の柄によく似ている。

「……これ、」

 ──もしかして、私に?

 ぱかりと開けた。中に入っていたのは、つまみ細工の簪と、小さなメッセージカード。

 メッセージには、シンプルで大きくもないデザインだが、振袖に合うと思う。成人おめでとう、と。

「……この前、式終わっちゃったよ」

 きっと似合う。父はプレゼントはセンスがないから、と滅多にしないけれど、本当はセンスが抜群なのを知っている。父のものを選ぶセンスが好きだった。

 せめて、父と話せるうちに、お礼を言いたかった。私は、小箱を握りしめてしばらく簪を見つめていた。

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