十二日目 取り込む白

 伸ばした手の指先も見えない。

 視界は一面真っ白で、どこを見ても白一色だった。

 聞こえるのは、自分の息遣いと、足音だけだ。足音と感触からして今歩いているのは砂利らしいが、あたりが真っ白に染まっているせいでなにも見えやしない。

「……どこなんだ、ここ……」

 ぼそりと呟いても、答える声はなにもなかった。周辺には誰もいないようだ。

 それでもぼんやり見える木の影らしきものを頼りに進んでいくと、どこからか鳴き声が聞こえた。遠吠えのような、何かの鳴き声。その方向へ視線を向ければ、真っ白な霧の向こうにうっすらと影が見える。

 そっちに行けば、何かわかるだろうか? そっと足を進めて、しばらくしてから気がついた。

 近づいていないのだ。

 その影はいつまで経っても近づかず、むしろ遠ざかっているようにも見えてくる。走れば変わるかと走ってみても、なんら変わりはなかった。

「な、なんで…………」

 切れた息を整えながら、足を止めて再び周囲を見回した。真っ白なのは変わらない。遠くに見える影も。

 遠くに見え続ける影に目を凝らす。霧の向こうにいるはずのものの正体を見透かすつもりでじっと。

 たしかに動いているのがわかる。生物のようにも、風かなにかに揺さぶられる無機物のようにも見える。

 あともう少しで何かが掴めそうなときに、……霧は強まって、何もわからなくなってしまった。あたりは伸ばした指先も見えない霧の中だ。先程は薄まった気もしたのに。

 影すら見えなくなって、どう進めばいいかもわからなくなった。もうだめかもしれないと思い始めて、歩き回って時には走った疲れでその場に座ることにする。

 ここがどこかも、最初からわからないのだ。もうだめなのかもしれない。どうやって帰ればいいというのだろう。

 薄まりもしなくなった霧の中、ぽつんと独り座り込む。

 このまま死ぬのか。そう思ってうずくまろうとして。

 自分よりも遥かに大きくて重い足音がした。


「まっ、てた」


「え、」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る