十日目 ああ、おいしかった

 人魚を拾った。

 最初は何の魚が打ち上げられたのかと様子を見に行った、それだけだった。ちょっとした好奇心だ。

 そうしたら、なんと海岸に倒れているのは人魚ではないか。人魚の存在なんて信じていなかったから、彼女はとても驚いた。

 どうすればいいか彼女は少し考えて、そのままだと鱗が干からびてしまいそうだったし、気を失っているというのに海に押し戻すのはいかがなものかと思ったので連れて帰ることにした。幸い、その日は車での移動だったのだ。

 下半身が魚だからなのか、思っていたよりも人魚は重い。どうにかずるずる引きずって、車へ押し込んだ。

 そうして大きな水槽を頼んで、彼女は人魚を家まで連れて帰った。

 水槽がそんなに早く届くはずもないので、家に着いてからは浴槽に水をためてそこに入れた。目覚めてくれるといいなと願って。


 その夜、寝ようとベッドに入ったとき、家によく響く声が聞こえて、彼女は風呂へと駆け込んだ。

「ここはどこ? 私はここを知らないわ!」

 目覚めたらしい人魚はここから出して、私に何かするつもりなのね、と憤慨している。そんなに怒らなくても。彼女は今すぐどうこうしようだなんて思ってはいないのに。

「違います、私はあなたを助けようと思ったんです。人間の家には大きな水の入る場所が少ないから、唯一水をたくさんためられるここに入ってもらったんです」

 水槽は浴槽より少し大きいものを買ったのでもうすぐそこへ移動できます。彼女は人魚にそう話した。

 そうして落ち着いた人魚は、ふと彼女の爪を見て、それはなに? と尋ねてきた。

「これはネイルといって、爪を綺麗に彩るおしゃれなんです。あなたたちも、貝などでおしゃれをするでしょう?」

 それと同じ。そう言ったら、私もやってみたいと言う。水で落ちてしまうかもしれないけれど、と彼女は二つ返事で了承した。爪を彩ることは楽しいのだ。

 人魚の髪や鱗に合わせて彩ったら人魚はとても喜んで、びちびちと尾で水面を叩いた。

 水槽が届いて自由度が少しだけ上がってからも、人魚は度々ネイルを強請ってきた。その度に彼女はちまちまと彩ってやる。

 人魚もだいぶ元気になってきた頃だろうか。

 頃合いだな、と彼女は思った。

 最近職を失ったので、たらふく食べられるものがほしかったのだ。

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