七日目 その手を離れても
「……あ、」
かり、と紙をひっかいていたペンの手が止まる。ふと気づけば、黒のインクが切れていた。インク壺も見返せばほとんどもうつけられないような状態で、これでは別のものに変えるしか他にない。
「やっぱり、なにかペンの軸にインクを入れられるものを作った方がいいよなあ……」
アイデアの欠片のようなものを新たに生み出しつつ、がさごそと文房具の棚を漁る。しかし、棚にあったのは別の色のインク。黒のインク壺はない。ええ、と眉を下げつつ、そのひとつを手に取った。一応書いているものは正式な書類等ではないのだから、突然インクの色が変わってもそんなに問題はなかろうという考えだった。
手紙の宛先は、ここから徒歩で二週間かかる町
に住む両親。生まれた町を出て暮らす自分の様子とともに今暮らす町の様子を知らせている、定期的な手紙だ。今回の嬉しい知らせは、ちゃんとした紙ができたこと。
「その初めての紙で手紙を書くなんて、わくわくするよね、やっぱり」
植物からとったり、墨からとったインク。それもまだ色数は少ないけれど、いずれは増やしたいねなんて、仲間と言っていた。きっと、これからも両親への知らせは増えるはずだ。
「あ、ねえ、ディンさんが、さがしてた……あれ、休むんじゃなかったの」
生まれた頃からの腐れ縁の親友が、ベッドに腰掛けてビスケットを食べている。少し仮眠をする、と言っていたはずだけれど。
「寝ようと思ったんだけどさ、なんかその気にならなかったわ。悪い、ビスケット貰った」
「しょうがないな……」
「で? ディンさんがなんだって?」
「そうそう、昼間に、『明日あの編みかごの作り方教えてほしい』って。明日予定なかったでしょ? 教えてあげてよ」
「ありゃ見た目に反して簡単だからすぐできると思うぞ。おっしゃ、明日行くわ」
胸を叩いてにかっと笑ってみせる親友に、笑みを返す。インク壺やっぱり変える、と席を立って、いつかこの町に家族も招けるといいな、なんて思った。
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