三日目 記憶を刻む時計

 最初に見たものは、高い場所から見下ろす部屋だった。

 長方形に広いリビング、隅に見えるキッチンでは女性が料理を作り、手前の机に少女がカトラリーを並べ、ソファでは男性がプラモデルを直している。どうやら、この家は娘と息子を持つ家族のようだ。

 その日常風景を、時計は天井に近い壁から見下ろしている。今はどうやら昼食の準備をしているらしい。

 平和な世になったのだなあと、時計は関心した。知らぬ間に、世は肉も野菜も小麦粉も、自由にためらいなく食べられるようになったらしい。

 ――時計は、ずいぶん古い時計だった。

 戦後のあたりに作られ、食糧難やら物の少なさに苦しんだ人々を見てきた時計には、豊かな食事の並ぶ食卓というものは珍しいものだった。記憶をその身に刻み込むので未だ鮮明に覚えている。その時も四人家族で、子どもたちに少ない食事を両親たちがわけていたっけ。ほほえましくも、哀しいと思ったのだ。

 長く使われているがゆえに、もちろん物であるから壊れることがある。経年劣化で壊れてから捨てられたのだとばかり思っていたのだが、新しく拾われたらしい。縁とは不思議なものだ。また人の子の日々を見守れることを、時計は嬉しく思った。

「やあ時計さん、お互い元気そうで何よりだよ」

 午後一時。ぽっぽー、とどこか間抜けな時を知らせる鳩が顔を出す。

「ああ、久しぶりだねハトくん。そちらこそ」

「知らぬ間に飢えなくなっていたなんてびっくりだ。いいね、ぼくたちは直されて幸せ者さ」

 そうとも、時計は深く頷く。リビングでは、一家の昼食が始まっていた。並ぶのは、古い時計には物珍しいからあげの山。なんて贅沢なのだろう。にぎやかなその光景を、カチコチと鳴る時計の記憶に刻み込んだ。

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