激突、涸沼会戦前編
女性は近寄って来た佐竹を誑し込む様に上目遣いで視線を向けると、妖艶的なセイレーンがソプラノを奏でる様に語り掛けてきた。
「私は玉……鶴と申します。那須から悪い奴等に追われ、追われて善人の助けを求めて漸く、この湖の畔へ場所に辿り着きました。
ですが、ここまで逃げる途中で運悪く獣の罠に足を奪われ、情けない事にも足首に怪我を負ってしましました」
そう鶴は訴えかけるのだが、足首では無く、これ見よがしに色白の瑞々しい肌の太腿を重ね擦り合わせて強調して魅せつける様にするのは何処か違和感がある。
止めと言わんばかりに襟元へ手を添えわざとらしく若干に緩めると、火照り薄桃色に色づいた凶器の豊満な胸の谷間をドドンと魅せつけてくる。
佐竹はもう気が気ではない、興奮状態で鼻息を荒げて胸の谷間へ視線が釘付けになっている。隅さんも訝しい顔つきだが、瞳孔に移るのは太腿。菌さんは、余興の時に子供たちを驚かせる着ぐるみの仕掛けであるバネ仕掛けのビックリ人形の様に、胴体をビヨヨンと長く伸ばして興奮を伝えているようだ。
「おお、私の愛しのキューティーハニー兼オニの搭乗員よ。それは、それは可哀想に……」
と、佐竹はデレデレと鼻の下を伸ばして取り繕う様に言う。
「ゴホン、悪い奴らとはどんな奴ですかぁ」
と隅さんは下心をひた隠しにして丁寧に優しく問いかける。
鶴は、突拍子も無く人差し指をピンと伸ばして、佐竹達の後方を指さす。
「あ、アイツらです。食い逃……憎むべきおぞましい奴らは、ゾン・ヴィラン・ド・サ・ガ星人です」
と言い、激しい憎しみを込めてその方向を睨み付けた。
佐竹達が驚く様は拍子抜けした顔を浮かべ一様にして一斉に振り返ると、そこには、数十人の屈強そうな黒ずくめの全身タイツ姿のサガ星人を従えた雨ダヌキが姿を突如として現した。
雨ダヌキの容姿が頗る気になる。肌色の全身タイツの上にぴちぴちのピンク色のレオタードを身に纏っている。
何処かで見覚えがあるが……滋賀だったか……。
「やっと追い詰めたぞ、那須の女狐。人を散々に食い逃げ呼ばわりしやがって。金は葉っぱで代替えして払っただろうが。ええい、それよりも、逃げ遂せる為に観念しやがれ!」
と佐竹を通り越して鶴へ恫喝する雨ダヌキ。
「ひぃぃ、お助け下さい。佐竹のご老公様あぁ」
と鶴は萎縮しているようだが、傷を負っている筈なのに何故か元気よくスクッと立つと、佐竹の後ろで身を縮ませる。
「え!? ええと……雨ダヌキと言えば、ピンクの悪夢。もとい、高名なサガ星人様の元で働かれるお代官様ではないですか!」
と驚き目を泳がせ、佐竹は萎縮してしまう。勧善懲悪の水戸黄門に憧れながらも、悪に屈するとは嘆かわしい。自称する水戸坂水門の名が泣くであろう。
佐竹はゆっくりと後ずさりしながら、隅さんの背後へ逃げようとする。
隅さんは、驚きを示していたものの顔をキリっと引き締めると、左手を腰に当てて右手で腰の刀を抜きさす動きを見せるが右手は空を切り、雲を掴むようなもの。なんどもグッパを繰り返すが、剣術稽古に使う模造刀はそこにあるはずもない。
焦る隅さん。
実は隅さん、某少年漫画で一世を風靡した剣客浪漫。幕末志士を題材にしたチャンバラ物語。
その物語に登場する剣術家の比古なんちゃらへ妄想の中で勝手に弟子入りして、とある剣客を兄弟子と勝手に慕い共に汗を流す妄想を繰り広げていた。
そして、漫画を読み込むこと遂に妄想の中で飛天なんちゃら流を会得していた。むろん現実でも新陰流剣術の免許皆伝の腕前を持つから恐ろしいものだ。
焦る隅さんを察して、前に飛び出て割って入ったのは菌さんだった。
「ひ、控え居ろう! この方を何方と心得る。ずいぶん昔の天下の副将軍、水戸光圀公に勝手に憧れを抱く、とっちゃん坊やの佐竹光圀公であらせられるぞ!」
と言葉は強いが気の抜ける軽快な高音声は、威圧するには全然足りない。
が、瞬時に着ぐるみの胸へ手を添えて一気に胸の一部を剥がす。マジックテープのバリバリの音と共に姿を見せたのは、畏れ多くも三つ葉の葵の御紋ではなく、幸せを呼ぶ四つ葉の葵の御門。う~ん、幸せしか感じない。
「この紋どころが、目に入らぬかあ!! 図が高い、皆のもの控え居ろう!!」
と菌さんは更に言葉を付け加えて高らかに告げた。
「うお!? 日光東照宮の古だぬきの呪いが……う~ん、いやそれよりもさあ」
と一瞬恐れ戦いた雨ダヌキだったが、眼をしばしばさせて、ジッと菌さんの胸を見詰める。
「それ偽物じゃん。自分にかこつけて言うのもあれだけどさ、バッタモンには絶対に騙されないしさ、それ、大きすぎて目に入らないじゃん」
「確かに……」と皆一様に何故か頷き合う。
「はぁ~。それよりも言っとくけどさ、ここで玉藻を助ければ、サガ星人どころか組する全てを敵に回すことになるけど、大丈夫? 分かってる? 自分たちの立場の違いが」
と、胸高くして雨ダヌキは佐竹達を脅迫してくる。佐竹は両手を高く掲げて、万歳。即ち降伏を意味する行動を取ろうとした。
(つづく)
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