めぐりあい涸沼編

「でしたら、隅さんや、例の計画は進んでいますか?」


「ご老公、例の計画とは?」


「忘れたのですか。筑波の研究所で極秘裏に開発を進めている陸上型の超弩級万能護衛艦、ですよ。


 あれは、不思議の海のナデなんちゃらの第四世代型超光速恒星間航行用超弩級万能宇宙戦艦を模範したもの。言うなれば佐竹の夢想の発掘戦艦と謳っていいでしょう。かの戦艦へ恋焦がれる余りに、練りに練った妄想の集大成の塊です。


 ああ、それが現実と成って完成さえすれば、偉大な水戸藩主の徳川斉昭なりあきの様に追鳥狩おいとりがり(大規模軍事演習)ができる。


 茨城県いや、それどころかアニメ業界全体の明るい未来の為になる上に、サガ星人へ不様に屈することも無くなるではないですか」


「はぁ~。耄碌したのですか、ご老公。あれは計画以前の段階でおじゃんですよ。

 イージスアショアを凌駕するだとか、幼い子供でも書かないような汚い戦艦のイラストを片手に議会で計画推進を謳いましたが、存外無理な話しです。


 嫌でしたが概算金額まで弾きました。

 予想通りに開発段階で国家予算超える処か、仮にも曲がり曲がって着工に移した日には国が破綻する騒ぎになる。


 それ以前に茨城県の何処からその多額の資金を賄うつもりで……いい恥さらしですよ」


 何が気に障ったのか佐竹は子供の様にムッとすると、隅さんを睨み付ける。隅さんも負けじと佐竹を睨み返す。二人の間に火花が立つ中、二人の嫌悪の様相を菌さんは素知らぬ顔で口に咥えた煙草の煙を巻き上げて見やっている。


「隅さんや! だったら、大洗戦車道計画はどうなりましたか!? あれですよ。

 大洗の秘密工場で製作している超重戦車オイを凌ぐは確実に制作していますよね。

 私はつい最近に工場で組み立てる様相をこの目で確と見ましたよ。ええ、妄想では断じてない」


 フーフーと鼻息を荒げて憤る佐竹に対して、隅さんは冷静に嘆息する。


「ええ、仰る通りに製作中ですよ。

 ご老公の意思を尊重して、イメージ通りに……巨大な毛虫の車体に巨大な兜の様の砲塔、反り返った二本の巨大な角の様な主砲。

 何処からどう見ても鬼佐竹を彷彿させる出来栄えだと思います。全国的にも注目度は抜群ですが……戦力外のただのですがね……」


 隅さんのハリボテ発言だけは、声細にしてそれとなく付け加え報告していた。聞こえたのか聞こえなかったのか、それは窺い知れないが、佐竹は機嫌をよくして頬を赤らめ高揚していた。


「ガ〇パンは、最終章が絶賛上映中です。その後の大洗の観光要素を鑑みて、先手を打ちましたが。

 おおなるほど、戦車の出来栄えも気になるところですが、それよりも戦車道に見合う可愛い搭乗者を見繕わなければ。何処かに打ってつけの人物が近くにいないものですかね……」


「そんな都合よくポンと湧いて出てくる訳がないですよ」


 呆れた顔を浮かべる隅さんを他所にして、佐竹はキョロキョロと頻りに辺りを見渡す中、タコノアシの群生地から、ひょっこりとひょうきんなメガネ顔を伺わせている作業着姿の中年男性を発見した。


「ひょっこり、ひょっこりきゅう」と呟き声で、ここにいるよと言わんばかりに存在感をアピールしていた。


 恐らく彼が、ひょっこり九兵衛であろうが、誰も気が付かず見向きもしない。慌てているのは着ぐるみを急ぎ着込む菌さんだけだった。


 虚しい風が湖面をすべる様吹きすさむ中、久兵衛は泣きそうな顔をソッとアシの中へ引っ込めて、生態系調査の業務に戻った。


 そんなのほほんとした風景が、冷たい風と共に馬鹿馬鹿しく思えた頃に何処からともなく、か細い女性の声が聞こえてくる。


「だ、だれか……助けてください。怪我を負ってしまいました……」


 即座に反応する佐竹は、声が聞こえた方に狙い定めてジッと注視していると、数メートル先のアシの草場に突如として湧いた小柄の女性の麗しい姿を発見して目を留めていた。


 年のころは十八歳ぐらいか、橙色の小袖を纏い江戸時代の町娘を演出しているようだが、何故か小袖の裾をはだけさせて両足を重ね擦り寄せながら女すわりをしている。女性は脚元に視線を配り、濡れ烏色の長髪をはためかせ芙蓉の顔が妖艶的で男性の目を奪うようだ。


 頻りに手で足首を擦り、傷を労わっているようにも見えるが、見るものを虜にする様に魅惑的な太腿を魅せつけて止まない。


 佐竹は不可解な女性の行動に一切の疑問を覚える様子もなく、顔中の皺をだらしなく垂らすとデレデレとして女性に目を奪われている。


 隅さんは唖然として立ち尽くす。菌さんは見た目から良くわからないが、目を奪われている様に身動き一つしないでいる。


 隅さんは顔を左右に振り、意識を取り戻すかのようにして、女性の元に歩み寄ろうとする前に、佐竹が瞬時に俊足なまでに威勢よく駆けると女性の傍に近寄っていく。年にそぐわない機敏な動きをする佐竹の後を二人は急いで追った。

(つづく)

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