はじめての 3
もうすぐ日が暮れる。
私は麻里佳の後ろをついて歩く。これからの話し合いを考えると胃が痛い。憂鬱だ。帰りたい。でも麻里佳の後ろ姿が可愛い。恋は盲目とは言ったものだけれど、これは間違っていない。今すぐ逃げ出したい精神状態なのに、心のどこかでは離れたくないと思っている。
一緒にいたい気持ちとこのまま帰りたい気持ちがごちゃまぜになって、自分でもわけの分からないことになっている。
麻里佳は賽銭箱の前の階段を指差して「座って」と言う。素直に座ると、通せんぼをするように目の前に仁王立ちをする。
怖い顔で見下されるが、怒った顔もまた良い。
駄目だ浮かれている。ちょっと落ち着け。今から大事な話をするんだ。
「久しぶりだな」
「はい」
もはや尋問である。麻里佳の厳しい目からは、私の全てを暴き出してやろうという意気込みを感じる。
「私に言うべきことはまとまったか?」
「えーっと……まぁ」
「聞いてやろう」
いきなり私の態度が変わってしまったのだから、まずが私から言うべきことがあるのだろうということである。ごもっとも。
その上で麻里佳に問題があれば聞いてやろうという話なのだが、私が言うべきなのは「あなたが好きです」なのだ。
「まず、ごめん。なんか変な感じで怒らせてしまって。悪いと思ってる」
「うん。それで?」
「……」
なんて言えばいいのだろうか。告白なんてしたこともされたこともない。それに急に緊張が襲ってきて身体が固まってしまう。肩に力が入って目が泳ぐ。
「…………」
どうすればいいのだろうか。今の自分の心境を表す適切な言葉なんて存在しないんじゃないだろうか。だとしたら話すことなんて出来やしないのでは……。
気まずい空気が流れる。カラスの鳴き声がやかましい。
緊張のあまり、変な汗が流れ始める。
ただ好きだと伝えることが、こんなに大変なことだとは思わなかった。世のカップルたちはこんな苦行を乗り越えて付き合っているのか。リア充って凄い人達だ。
「ねぇ。そんなに話したくないことなの?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「じゃあ何なの?私に問題があるなら何とかするよ?」
「麻里佳は悪くないんだけど……」
「けど?」
悪いのは私だ。あとちょっと勇気があれば全て終わる。そう、終わるんだ。
麻里佳が大きくため息をつく。あきらかにイライラしている。
「こうやって話すために時間作ったんだからさ、黙ったままじゃわかんないよ」
「う……そうだね」
なにか言わなければ。
そう思えば思うほど、出そうになった言葉が引っ込んで、頭の中が同じ場所をぐるぐる回ってしまう。
人間、困ったときはフリーズしてしまうが、今まさにその状態だ。
カラスの鳴き声で我に帰ると、麻里佳が目に涙を浮かべて私を睨みつけていた。
「あ……」
私の口からは情けない声が漏れた。
麻里は手を強く握りしめ、小刻みに震えていた。真っ赤な頬に涙が一滴流れる。
「私はただ……今までみたいに、香織と仲良くしたいだけなのに……」
絞り出すように感情を漏らす。
「私のこと……嫌いになった?」
やってしまった。
自分が傷つきたくない一心で、大切な親友を泣かせてしまった。
許されないミスだ。1番悲しませたくない人が、私の目の前で泣いている。
そこからは自然と身体が動いた。勢いよく立ち上がると、麻里佳の身体を強く抱きしめる。
「ふえ」麻里佳の身体が強ばる。
「ごめん。麻里佳を傷つけるつもりはなかったの」
鼻をすすりながらも、麻里佳の手が私の背中にまわる。
好きな子と抱き合っているけど、身体を感じる余裕もなく私は必死で語りかける。
「嫌いとか、そういうんじゃなくて。むしろ逆で……」
ここまできたら勢いだ。
「好きなの。友達としてじゃなく、恋愛の意味で好きなの。そのことに気が付いて、どう接していいかわからなくなっちゃって。本当にごめん」
麻里佳の温かい体温と、驚きで激しくリズムを打つ鼓動が私に伝わってくる。
私の腕の中で嗚咽を漏らす麻里佳がとても愛おしくて、抱きしめる力が自然と強くなる。このまま時間が止まってずっと一緒にいられたいいいのに。
「……ほ、本当に?」
「うん。好きだよ」
ここまで来たら吹っ切れた。心から溢れ出る気持ちをそのまま言葉に乗せる。
「大好き」
今度は麻里佳が言葉を失う番だが、今の私には好都合だ。麻里佳がフリーズしている間、柔らかい身体をしっかりと抱きしめて離さない。
「あの…えーっと」
麻里佳がゆっくりと深呼吸をし、なんとか落ち着こうとしているのが分かる。
少し迷ったように間ができるが、麻里佳は大きく息を吸って声を出す。
「私も、好き」
「……え?」
「香織のことずっと前から好きだよ」
麻里佳は何を言っているんだ?
「ま、前って……え、どういうこと?」
「言葉の通りだけど」
少し拗ねたような言い方だ。
想定外の返答に私の脳内は再び混乱する。
お互いどうしていいか分からず抱き合ったまま時間だけが流れ、冷たい風が頬を撫でる。
「これは……どうしたらいいんだろう」
「分かんない。こんな事になるなんて」
お互い困ったように呟く。
とりあえず両想いらしいが、やはり互いの関係性をはっきりさせるべきだろうと思う。
「私たちは、恋人同士になるってことでいいのかな……?」
「うん。そうなれば、凄く嬉しい」
「じゃあ、そういう事で」
「うん」
これで私たちは晴れて恋人同士だ。
といっても実感が湧いてこない。今までとこれからの二人は、親友か恋人か、言葉で区切られただけで同じ人間なのだ。
「何だか、恥ずかしいね」ちょっとうわずった麻里佳の声に、私は「そうだね」と小さく返す。
どちらとなく腕を離して身体を離す。近くで顔を向かい合わせると、恋人になった麻里佳の顔がすぐ近くにあった。
この人が、今日から私の……?
どうししたらいいかは分からないけど、どうしたいかははっきりと心で感じる。お互いの眼が同じことを訴えかける。
夕日に照らされた二人の顔が、はっきりとした欲望を持ってゆっくりと近づく。
その日、私たちは初めてのキスをした。
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