はじめての 2

 翌日。

 学校で麻里佳を見た瞬間、顔が真っ赤になった。いつものように「おはよ」と挨拶をされただけなのに、どう返事して良いかわからなくなる。

 普段はどうしてた?思い出そうとしても、心臓が高鳴って思考が回らない。


「……おはよう」

「?」


 若干変な顔をされたが、なんとかやり過ごせたようだ。

 朝だけはなんとかなんとかなったが、その後はなんともならなかった。たどたどしく、目を合わせることもできず、初対面の人見知りのような態度で接してしまった。

 初日は体調が悪いのかと心配をされたが、徐々に不審な目に変わり、やがて「何か怒っている?」と聞かれるまでになった。

 麻里佳は明らかに苛立っていた。うまいこと普通に話せるようになればよかったのだが、何を隠そう初恋だった私にちゃんとした対応はできなかった。

 で、結局麻里佳のイライラが爆発し、過去一の大戦争が勃発したのである。


「なんだよ!言いたいことがあるなら言えよ!」

「私がなんかした!?」

「私のこと嫌いになった!?」


 最後に言われた3連コンボがこれである。

 正直堪えた。怒られたことも、言い訳できなかったことも、ただただ情けなかった。

 なにより、初恋の相手である親友と距離が出来てしまったことがショックでならない。


 もうここまでくれば、さすがの私も麻里佳のことが好きであると自覚していた。自覚して速攻のこれである。自分の対応力の低さが恨めしい。


 そうして二週間に渡る喧嘩が開始され、未だ終結の兆しは見えない。

 今日も麻里佳は終礼後に目も合わせず帰ってしまった。待たれても話す内容なんてないのだけど……。

 私は委員会があったので放課後に少し残っていた。委員会自体は三十分ほどで終了し、みんな散らばるように帰っていった。元気が出ない私は、誰も居ない教室で少しボーッとした後、ひとりでトボトボと歩き始めた。

 ひとりは寂しい。今までなら玄関で麻里佳が待っていてくれていた。麻里佳のいない世界は色が薄い。花壇に咲く朝顔が色とりどりの主張をしているが、今の私からは全部灰色に見えた。


「滝口」


 後ろから声をかけられた。振り返ると担任の先生だった。中村先生という二十代後半くらいの女性の先生だ。少し気が強くて怒ると怖いが、私は怒られるようなことをしないので好きだ。女子バスケの顧問をしているので、今はジャージ姿で長い髪を後ろで束ねていた。


「ちょっといい?」


 頷いて素直についていくと、選択授業で使う空き教室に連れて行かれた。


「りんごジュースとオレンジジュースどっちが好き?」

「強いて言うならりんごです」


 答えると紙パックのりんごジュースを渡された。先生は余ったオレンジジュースにストローを刺す。


「長いこと喧嘩してるらしいな」


 まぁ。今呼び出されるとしたらその話になるか。たぶん、クラスメイトから色々聞かされているのだろう。


「まぁ……そうですね。二週間くらい」


 適当な椅子に座ってりんごジュースを一口飲む。甘い味が広がる。どんな状況でも旨いものは旨い。


「それは長いな……」

「そして解決の兆しは見えません」

「あー……そうか」


 思った以上に根が深いと感じたのか、先生は困ったような苦笑いを浮かべる。


「元はと言えば私が悪いんですけど」

「そうなのか?」

「はい。まぁ色々と……」

「何かあったのか?言いにくいことなら無理にとは言わないけど」

「うーん……」


 出来ることなら話を聞いてもらいたいと思うけど、こんな話をして大丈夫かと不安にもなる。


「せっかくの楽しい学生生活なんだ。喧嘩したままは嫌だろ?」

「そうですね……」


 ジュースを飲みつつ考える。

 中村先生はどこまで信用してよいものか。言って解決するのか。なんて話そうか。

 先生は考えている私を待っている。考えがまとまるまでじっくりと待つ気らしい。目を合わせると、見たことがない優しい目をしているように感じた。

 私はゆっくりと口を開く。


「先生は、友達を好きになったことはありますか?」


 先生は目を丸く見開く。口が半分開いて、流石にそれは想像していなかったと顔に書いてある。


「あー……それは無いけど……」


 今度は先生が考え込む番になった。眉間にシワを寄せて固まってしまったが、真剣に考えてくれているみたいだ。


「そういう友達ならいたなぁ。高校のときに」

「その人は、どうしたんですか?」

「何も。黙ったまま卒業していったよ」

「そうですか……やっぱりその方が良いんですね」


 事実、例え男女であっても、恋愛の大半は想いを伝えることなく終わるのだ。私の気持ちも、そのひとつとして消えていくだろう。


「いや、同窓会で会ったときは後悔していたよ。告白しておけばよかったって」

「でも、好きでもない相手から告白されても困らないですか?」

「うーん。別に嫌な気はしなかったけどなぁ」

「……え?」

「好きだった相手ってのが私だったらしくてな、昔好きだったと言われたんだ。驚いたけど、嫌な感じはしなかつたよ。高校の時に言われたとしても、嫌いにはならなかったと思う」


 中村先生は少し照れながら頬をかく。


「まぁなんだ。思春期には、友情と愛情の境界が曖昧になって、同性への気持ちを恋愛感情と勘違いする──とは言われているけど」


 そういえば、前に読んだ漫画にそんな事が描かれていた気がする。もしかして私の想いも、本当は恋愛感情ではない……?自覚してからまだ二週間とちょっとだし、冷静になるべきなのだろうか。


「ま、そんなことはどうでもいいよ」

「え?」

「今感じている気持ちが今の正解だよ。もし違っていたなら将来修正すればいいんだ」

「そういうものでしょうか……?」

「そんなもんさ。どのみち、何かしらのアクションを起こさないと前には進めないんだ」


 中村先生らしい、豪快な考えだと思う。私らしくはないけれど、言っている意味は理解できる。何もせずに解決はしないんだ。


「でも、そのせいで麻里佳が悲しむかも……」


 友達が一人減るかもしれない。


「構わんよ。そうやって傷ついたり悲しんだり、そうやって成長していくんだ。挫折は若者の特権だよ。今のうちにたくさんしておきなさい」


 優しい声で語りかけてくる。


「駄目だったら泣きに来な」

「カッコいいこと言いますね。そしたら今度は先生を好きになっちゃうかもしれませんね」

「そしたら振ってあげるよ」


 そうやって大人になっていくのか。

 子どもも大変だなぁ。もっと気楽に大きくなれたらいいのに。


「近い内に、話してみます」

「頑張れよ。後悔しないように」


 そう言って頭をガシガシ撫でられ……もとい、乱暴に荒らされた。頭が左右にぐわんぐわん揺らされたが、ちょうどいい感じに心地よかった。



◇◆◇



 その日の帰り道。

 どうやって話をつけようかと考えながら会えっていると、この前ふたりで雨宿りをした神社の入り口に麻里佳がいた。

 きつい目で私を睨んでいる。心の準備がまだなので待ってほしいが、あの顔はもう逃さないと決意した顔だ。覚悟を決めるしか無い。


「ちょっと顔貸せよ」


 そういって鳥居をくぐっていく。


「顔貸せよって……ヤンキーかよ」


 小さく呟く。

 うん、突っ込む余裕はあるみたいだ。大丈夫。私なら……いや、私たちならなんとかなるさ。


 私は麻里佳の後に続いて鳥居をくぐっていった。

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