はじめての 1

 麻里佳と喧嘩をして二週目に突入した。その間一度も口を利いていない。麻里佳とは七年近い付き合いになるが、これまでで一番大きな喧嘩だ。

 他の友達も、初めのうちは「またやってるよ」くらいの温度感で見物していたが、一週間を超えたあたりで本気で心配をするようになった。

 学校のクラスというのはひとつの町のようなもので、仲の良い人、特に興味のない人、険悪な人などが、本人たちの意思とは関係なくごちゃまぜになって暮らしている。その中で一番仲の良い組み合わせが戦争状態に入ったとなると、クラス全体の空気も重たいものになってしまう。

 仲直りしてほしいと思いつつも、両者が納得しなければ終戦にはならないため、周りのみんなにできることは限られてくる。

 喧嘩の原因が他人には言えない内容であるため、クラスメイトの和解工作も虚しく、ついに二周目へ突入した次第である。

 ついには担任の先生から探りが入る事態となった。


 私としても、仲直りをしたいとは思っている。

 ただ、そのためには胸に秘めたこの気持ちを打ち明けないといけない。


 ことの始まりは先月、麻里佳と買い物にでかけたときだ。

 いつものように駅前で待ち合わせをしていた。その日は日曜日、夏の暑さは勢いを落とし、地球もようやく冬に向けた準備に入ったようだ。私はパーカーにジーンズ(都会ではデニムというらしい)、スニーカー、そして無印で買ったリュックを背負ってぼんやりと待っていた。

 約束の時間まであと2分というところで麻里佳がやってきた。遠目で誰か分からなかったが、そういえば前の日に「髪を切った」とLINEが来ていたのを思い出した。

 ポニーテイルをばっさりと切り落とし(怖い表現だな)、所謂ボブカットというやつになっていた。雑誌のモデルみたいな髪型だけど、そういえば麻里佳はそれなりに見てくれが良いので、それなりの少女となっていた。

 しかも服装もいつもと違って、網目の粗いのセーターにロングのスカートなんて履いていて、靴もスニーカーじゃない。

 軽く化粧もしていて、なんだか違う人のようだった。


「どうしたの?このあと約束有るの?」


 私の第一声はそれだった。


「は?ないけど。なんで?」

「いつもと違う」

「そうだろう!美容室のお姉さんがやってくれたんだ。服は従姉妹の姉ちゃんと見にいったんだ。どう?」


 そう言ってモデルのように格好つけて立ってみせた。

 確かにいつものイメージと違って良いと思う。


「まぁ……良いんじゃない?」

「それだけ?」


 それだけ?って言われても、仲の良い親友を褒めるのは恥ずかしいから聞かないでほしい。

 ただ、次の言葉を待つ麻里佳のわくわくした顔を見たら、まぁ一言くらい言ってやっても良いきがした。


「そうだな。まぁ……」


 何故か次の言葉が出てこなかった。一言「可愛いんじゃない?」って言うだけのつもりが、その言葉を言うと凄く恥ずかしい気持ちになる気がした。


「良いんじゃない?」

「同じ言葉じゃねーか」


 麻里佳に対して、今までにない新しい感情が頭を覗かせている。脳内で警報が響き、その感情を無理矢理押さえつけて奥の方に引っ込んでもらった。

 危ない危ない。

 その後は普通にイオンに行った。そこまで大した用事があったわけでもないので、適当にぐるっとまわって、何も買わずに変えることにした。

 休日なんて大体そんな感じだ。




 イオンからの帰り道。待ち合わせは駅前だったが、帰りは私の家まで一緒に歩いて、麻里佳はそこから自分の家へ帰っていくのがいつもの流れだ。

 イオンを出た時から空模様が微妙だったけど、遂にポツポツと降り始めた。


「おいおい聞いてないぞ」

「結構強くない?」


 天気予報になかった雨だが、急に勢いを増し、あっという間に大雨に発展した。

 私達は慌てて走り始めたが、家まではまだまだ距離がある。


「あそこで雨宿りしよう」


 麻里佳が提案する。そこは寂れた神社だった。

 よくある形の神社で、石の階段を3段登ったとこに賽銭箱があり、その賽銭箱周辺には屋根がついていた。少し雨宿りをするにはちょうどいい。

 ふたりしてずぶ濡れになってしまった。


「タオルなんて持ってないよね……?」と麻里佳が聞いてくるが、当然「ない」としか言いようがない。

「多分夕立だから、すぐに止むとは思うけど……」

「最悪ダッシュだね」

「新しい服、大丈夫なの?」

「しょうがないよ。洗えばなんとかなるよ」


 とはいえ、とりあえずは待つことにした。

 言葉数も少なく、ふたり座って空を見上げる。こういう時は、何故か話すことがなくなる。


「降ってるねー」

「うん」

「止むかなぁ」

「うーん」


 こんな感じだ。せっかく話を振ってもまともに返ってこない。まぁ私も大した話題を振っていないので、人のことを言えたクチではない。

 雨が地面を打つ音だけが響く。いつもより視界が悪い。まるで私達二人のいる場所が、世界から切り離されたようだ。

 麻里佳は暇そうにしているだろうか。ふと横目で見る。


 気だるげに空を見上げる麻里佳が目に留まる。髪は濡れ、雨が頬を伝って落ちた。せっかくのセーターは水を含んで重そうになっている。そして、スカートが濡れて肌にぴったりと……。


 ……ぴったりと?


 そこで急に顔が熱くなる。いや、何を考えてるんだ私は。

 確かに服が張り付いてふともものラインが色っぽく見えるが、男子じゃあるまいし。

 うん?どういうことだ?別に麻里佳の足が見えたからってなんなんだ。修学旅行では一緒に温泉に入っただろう。その時は裸も見たし、水泳の授業でもがっつり見ただろう。今更足を見たって「だから何だ」という話だ。


 それなのに、何故急に心臓がドキドキしているのだろう。

 こればっかりは抑えることができない。

 ふたりっきりでいることが恥ずかしい。

 もう一度視線を送ってみる。

 さっきと同じ横顔があった。視線が釘付けになって、離すことができない。

 このまま誰にも邪魔をされずにずっと見ていたいと思った。他の誰かに見せたくはない。


 なんだこれは……?


 おかしい。これは変だ。だって……。


 これじゃあまるで、私が麻里佳のことを好きみたいじゃないか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る