弱いひと 4/4

 告白の翌日から、千堂さんとは今まで通りに仕事を続けた。

 考えてくださいと言った以上、何日か待たされるのは当然の話で、お互い何事もなかったかのように仕事をこなす。

 賽は投げられた。思いっきりブン投げた側の私としては、どちらかというとスッキリした気分だ。後はどうにでもなーれという考えなので、我ながら良い性格をしていると思う。


 告白のあと、週明けからから雨が振り続けているのが、なんとなく不吉な感じもする……梅雨は明けたはずなんだけれど?

 雨はそのまま降り続けて金曜日には止んだ。土曜日は家の大掃除をして、日曜日は買い物に出かけた。身体を動かしておかないと落ち着かないので、久しぶりにランニングをして汗を流す。

 香織は彼女が出来たばかりなので、少しの間はそっとしておこうと思う。いくらラブラブとはいえ、元カノの親友が近くをうろうろしていると嫌な顔をされるかもしれない。


 そうしてまた月曜日がやってきた。

 いつもは就業十五分前には机に向かっている千堂さんだが、今日は珍しくギリギリに駆け込んできた。少し意気が揚がっていて、後頭部から寝癖がタケノコのように跳ねていた。ちょっと可愛い。

 夕方。一通り仕事が片付き、残業もそこそこに終業となった。

 今日は一日、千堂さんの様子が変だった。精細を欠くというか、大きなミスは無かったけど、少し無理をしているような感じがした。

 最初は気のせいかと思ったけど、やっぱり少し変だと思う。


「千堂さん。今日体調悪いですか?」

「え、別に普通だけど」

「そうですか?ちょっといつもと違う感じがします。元気ないですよね?」


 私の言葉に、千堂さんはちょっと困ったような顔になる。


「よく気がつくね。そんなこと」

「毎日観察していますから」


 私は自慢げに答える。もう告白してるんだから、堂々と言い放ってやる。好きなんだから見てるに決まってるでしょうが。


「そうだったね……」


 半笑いだ。ちょっと引かれたか?


「参ったな。まぁ、あったと言えばあったけど」

「なんでも聞きますよ」


 千堂さんは少しに押し黙る。仕事で判断を仰いだときのように考え込む。


「うーん……じゃあ、少し聞いてもらおうかな」


 連れて行かれたのは千堂さんの家だった。内容的に、あまり外で話したくないのだろうか。家に入るとタバコの匂いがした。禁煙は止めたのかな?

 まずはコンビニでご飯を買ったお弁当を食べる。千堂さんは何かを考えこむように黙ったままだ。

 食べ終わったあと、千堂さんはタバコを一本吸い始めた。いつものセブンスターだ。少しして、ゆっくりと話をし始めた。


「金曜日の帰りにさ、高校のときに好きだった人と会ったんだ。卒業してから一回も会っていなかったんだけど、それが昨日ばったり……。

 その好きな人っていうのが、女の人なんだよね。だから高校の時は、気持ちがばれないように頑張って隠してた。だってさ、上手くいくわけないじゃん。女同士でさ。必死になって表情作って、乾いた笑い浮かべて、家に帰ってから一人で泣いて。あの子の前では物わかりの良い友達でいようと思ってたんだよ。好きな人ができたら応援して、付き合い始めたら相談に乗って、デートの話とか聞いたり、アリバイ作りのために口裏合わせたり、別れた後に励ましたり、青春の思い出の一番広い所を私で埋めたかったんだ。親友として。

 そしたらさ、昨日さ、その人が知らない女の人と一緒にいて、聞いたら二人は付き合ってるんだって。それを聞いて急に恥ずかしくなっちゃって。常識人ぶって友達でいようって、ひとりで意味がないことをしちゃってたのかもしれない。そしたら、なんか急に自分のことが嫌になっちゃって。何してたんだろうなって後悔ばっかり残って、馬鹿なことしてたなって。

 あの時、好きって言ってたら何か変わったのかな。振られてた可能性もあるけど、うまくいく可能性もあるし……いや、そうじゃなくて。結局、どうしたいかとか、どうすればよかったとか全然わからないんだ。ただただ後悔の気持ちばかりが次から次へと膨らんでいって、こんな自分が嫌になる。

 林さんは凄いよね。同性相手に気持ちを伝えることができて。私には出来なかったことなのに……」


 千堂さんはどこか一点を見つめたままゆっくりと話した。話がすすむに連れて、少しずつ肩が落ちていく。灰皿に寝かせたタバコから煙が昇る。

 背の高い千堂さんだが、今は傷ついた子供のように小さく見えた。

 でも、私はそんな千堂さんに失望したり幻滅したりすることはない。そんな軽い気持ちで好きになったわけじゃない。

 私は一度立ち上がって、千堂さんのすぐ隣に腰を下ろす。頭に手を添えて軽く撫でるが、嫌がる様子はない。そのまま優しく抱きしめる。


「いいんですよ。人生そんなもんです。後悔して悩んで、その繰り返しですよ。私もたくさん失敗してたくさん後悔してきました」


 好きな人の弱った表情に、少しドキッとしてしまう。


「こうやって、林さんの好意を都合よく利用してるのも、なんか嫌だ」

「何いってるんですか。好きな人に頼られて嫌なわけないでしょう。なんでもしますから、いくらでも利用してください。文字通り何でもしますよ」


 頼られて嬉しい。こういうときに側にいるのが私なのが嬉しい。

 千堂さんの手が私の腕を掴む。


「じゃあ、少しだけ」


 そういうと目をつむり、膨らんだ風船が萎むように全身から力が抜けていった。


「話をしてちょっと気分が楽になった。ありがとう」

「どういたしまして」


 安らかな表情になった気がする。


「ごめん。この何日か、あんまり寝てなくて」

「それは大変ですね。おやすみなさい」

「うん。また明日」


 そうして寝息をたてて眠り始めた。

 子供みたいに純粋無垢な寝顔をしている。指先で頬を撫でてみると、悩みなんてなさそうなくらい柔らかいほっぺただ。


「好きだなぁ」


 愛おしいという想いがこみ上げてくる。


「誰にも渡したくないな」


 抱きしめる力を少し強めてみる。眠りが深いのか、起きる様子はない。静かな部屋にふたりだけの心地良い時間が流れる。


 少しだけタバコの匂いがした。

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