弱いひと 2/4
『飯いこうぜ』と連絡して二日間。香織からの返事はなかった。
私の送ったメッセージの下には、既読と書かれている。ふむ、既読スルーとはいい度胸をしている。もう何日か返信がなかったら、無理矢理家まで突撃してやろうと決意した。
結局、返事があったのはその翌日。実に三日間放置をされてしまったこの憤りをぶつけるべく、待ち合わせ場所の駅前で、腕を組んで仁王立ちで待ち構えていた。
五分ほど待つと、香織がのんびりとした足取りで向かってくるのが見えた。三日間も放置しておいて、呑気に歩いてくるとはなんて奴だ。
近づいてくる香織の顔を見て、妙な違和感があった。ん?あいつ……?
「おひさ。早かったね」
目の前まで歩いてきて確信に変わる。こいつ、隠してはいるが浮ついた顔をしている。胸の中に収まりきらないニヤニヤが溢れてきている。まぁ良い。ゆっくり聞いてやろうじゃないか。
サイゼリヤに入って適当に注文をする。今日はパスタの気分だったので半熟卵のペペロンチーノにした。香織はハンバーグステーキにライス。
「で、何があった?正直に話しなさい」
取り調べのように問い詰める。
「はい」
随分と素直だ。まぁ一応は罪悪感という概念は持っているのだろう。
「顔がニヤついている。嘘はバレるぞ」
「実は…………」
「溜めるんじゃない。スパッと言え」
「はい。実は、飯島さんと付き合うことになりました」
「……マジ?」
香織はしっかりと頷く。飯島さんは香織の会社の先輩で、香織の片思いの相手……だったはずだ。
「飯島さんって、前に酔っ払った香織を迎えに行ったときにいた、あの美人だよね?」
正確にはめちゃくちゃ美人だ。吉沢亮が主演の映画でヒロインを務めていてもおかしくないレベル。方向性は違うが、千堂さんと肩を並べることが出来るくらいだと思う。
「うん。何日か前に麻里佳からLINEが来たときかな。ご飯行ったあとに、付き合わないかって言われて……」
「しかも向こうから!?」
「うん。なんだか信じられなくて、夢なんじゃないかって思ってるんだけど、どうやら現実らしいの」
香織は両手で顔を覆い、下を向いて固まった。有り得ない事態に遭遇すると、人間は思考がストップしてしまうが、香織はこの三日間その状態が続いているらしい。
お互い衝撃を受けている状態だけど、まぁ親友に彼女が出来たのだ、祝いのひとつでも言ってやらないと。
おめでとう。と、喉元まで出てきて、なぜか声にはならなかった。口元まで出かかった言葉が、無理やり押し込められたように胸の奥まで戻って行ってしまった。
なんでだ?言葉が出てこない自分に愕然とする。
「どうしたの?麻里佳が黙っちゃって。憎まれ口のひとつでも叩けばいいのに」
香織が訝しげに尋ねてくる。
私は、動揺している自分に動揺しているという、意味不明な状態になってしまっている。水を一口飲んで落ち着こうとする。
料理が運ばれてきたが、急に食べる気がなくなってしまった。
「麻里佳?調子悪い?」
「いや、そうじゃないんだけど」
親友の祝い事にショックを受けている自分が許せなくて、ついごまかしてしまう。
いや、違うか。こういうのは私たちらしく無いな。何事も言葉にしなければわからない。
「なんか、香織に彼女ができたって聞いて、凄く変な感じ。もやっとする。なんでだろう」
「大学の時は素直に喜んでくれたのに、何かあった?」
確かに、大学生の時に香織に彼女ができたときは、良いことだと思ったし、おめでとうと心から祝うこともできた。いきなりどうしてだろう。
「わかんない。別にいつも通りだと思うんだけど、自分でも驚いてる」
今更香織に未練があるわけではない。今は千堂さんという好きな人がいるわけだし。
その日は妙な違和感を残してお開きになった。香織には悪いことをしたと思っている。今度埋め合わせをしないと。
「それはあれよ。あなた焦ってるのよ。置いてけぼりを食らうんじゃないかって、不安を感じてるんじゃない?」
そう言うのは、オカマバー『イズミツバサ』の翼さんだ。
昔から色々な相談事を聞いてきたのだろう。いきなり核心を突いてくる。
「そうかもしれない。自分は片思いで足踏みしてるのに、いきなり香織に彼女ができるんだもんな」
置いていかれる不安。香織は彼女と遠くに行ってしまって、自分だけが一人で取り残されることへの恐怖心。
「でも、聞いてる限り大丈夫だと思うわよ?幼馴染で元カノで親友なんでしょう?どえらい関係じゃない。そんな強い繋がり、なかなかないわよ。美人の女ができたからってどこかに行ったりはしないわ」
「まぁ、そうだとは思うんですけど」
「違うでしょあんた。近くにいても、幸せな姿を見せ続けられたらしんどいじゃない」
隣から泉さんが割り込んでくる。
「あぁそうよね。隣にいても、心では置いてけぼりを感じることもあるわね」
泉さんの言葉に、私も翼さんも納得をしてしまう。泉さんは近くまで歩いてきて言葉を続ける。
「自分が欲しいと思うものを、親友だけが持っているってのは不安にもなるわ。大人になると特に、ね。でも麻里佳ちゃんはまだ若いんだから、もっと前向きに考えても良いのよ」
「違いないわ。うちらを見てみなさいよ。こんな私らでも、こうやって楽しく生きてんだから」
そういうと二人は肩を組んで微笑む。綺麗なドレスアップを着た、ガタイの良いオカマが二人。この人たちが歩いてきた人生を考えると、大体のことは何とかなりそうな気もする。
「それを言われると、なんか大丈夫な気がしてきますね」
「おうよ。あんた顔が良いんだから。どうとでもなるわ」
「千堂ちゃんも、案外いけるかもよ」
「それは、どうでしょうね」
少し頭がスッキリした。口の固いオカマは頼りになる。
「それにしても、随分と千堂ちゃんのこと好きなのねぇ」
「え、まぁそうですね」
「麻里佳ちゃんの欲しいものって千堂ちゃんでしょ?えらく燃え上がった恋心だこと」
確かにそうかもしれない。私は千堂さんが欲しくてたまらないのに、香織はちゃっかりと飯島さんと付き合っちゃって、羨望と嫉妬が入り混じった複雑な感情が出来上がったのだ。
親友のめでたい話を素直に祝ってあげられない自分が、なんだか嫌な感じだ。
「さっさと告白してくるか」
私の呟きに、二人は驚いたように目を開く。
「あんた、かっこいいわね」
「ダメだったら、高い酒を奢ってあげるわ」
不吉なことを言うでない。
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