弱いひと 1/4
「私たちは運命共同体だから。この言葉には親友、恋人、共同経営者、そして家族。その全てを含んでいるわ」
そう語るのは、オカマバー『イズミツバサ』の店主、翼さんだ。話し方はあたしよりも女性的た、イブニングドレスから飛び出している筋肉質な腕から、身体は男性であると理解できる。
私と千堂さんは、雑誌の取材としてこの店を訪れている。店長の翼さんとパートナーの泉さん。東京の新宿二丁目で働いていた二人が、地元に戻って開店した店がこの『イズミツバサ』だ。アパレルブランドみたいな名前だがオカマバーである。
ここは二人で切り盛りしている小さな店だ。五階建て雑居ビルの三階、古くて狭いエレベーターを昇って、暗い廊下を歩いて一番奥。鉄製の扉に小さな看板が貼り付けて合って、シンプルな文字で『イズミツバサ』と書かれてある。
暗くて狭い店内に派手な色の間接照明、渋い声の店主、こうして書き出してみると、SFアニメに出てくる隠れ家的バーのようだ。泉さんはバーテンの経験も豊富らしく、銀色のシェーカーを振るたびに派手な照明が反射してキラキラと輝いて見える。
こんな田舎にオカマバーなんてあるはずもなく、当たり前だが市内では初出店だ。みんな「都市部にはオカマバーなるものがある」と知識では知っているが、実際に訪れたことのある人はまずいない。地元にいながら東京の一風変わったお店が体験できるとそれなりに盛況しているそうだ。
取材はもう終わっているが、千堂さんが電話で席を外してしまい、今は戻ってくるまで雑談をしているところだ。
取材をする側の人間として、こういう時にスラスラと話題を振ることができる能力は必要だが、新人の私にはまだ難しい。それに引き換え翼さんはさっきからずっと喋りっぱなしである。流石は接客業というところか。
「ひとつの名前に縛られるのはもったいないじゃない?恋人とか親友とかさ。私たちはそれ以上の関係になれると思うのよ」
「無限の可能性。それを感じているの」
翼さんと泉さんは同じ店を切り盛りする仲間でもあり、一緒に新宿の店で働いた親友でもあり、恋仲でもある。
初めて見るオカマカップルに、ちょっとした疑問をぶつけてみる。
「友情と愛情って両立すると思いますか?」
「私たちならね」
自信を持って答えている。息の合った返事だ。
「それ、麻里佳ちゃんの実体験?」
「まぁ、そうですね」
中学のとき、幼馴染みの香織と付き合いはじめた。何年か続いたが、うまく行かず友達に戻った。
私と香織は、友情と愛情のギャップに対応できなかったのだ。
「麻里佳ちゃんは若いから、それって学生時代の話でしょ?大人にならないと難しいかもね」
「確かに。私たちも学生時代ならこうはいかなかったかもね」
「うちの親父も言ってたわ。学生時代の彼女とは結婚までいかないって」
大人だったら……か。確かに、高校生の私たちでは処理しきれない難しい関係だったのかもしれない。お互い我が儘を押し付け合って、相手のことを考える余裕がなかったのかもしれない。
「でも、私としては昔話よりも今の話を聞きたいわ」
「今の話ですか?」
「千堂花。良い女よね」
いきなり確信を突かれて飛び跳ねそうになった。なんだこいつ!エスパーか?
「ソウデスネ、イイセンパイデス……」
平静を装うつもりが、声が裏返った。翼さんはニヤニヤしながら私の様子を見ている。これは敵わない。
「私、そんなに分かりやすいですか?」
素直に白旗を掲げる。経験値が違いすぎるのでやり合うだけ無駄だ。仕事柄、口は固いだろう。
「鼻が効くのよ。特に同類が相手ならね」
「はは……。確かに良い女ですよね、千堂さん。見た目が良くて雰囲気あって、仕事もできて」
「そうね。でも少し繊細な感じもするわ。上手く手綱を握ってあげるのが良いと思うわ」
「あの子、尻に敷かれるタイプよね」
「わかるわ。少しダメなところまで愛してあげなきゃね」
本当に?少し訝しげな目を向けるが、二人は自分の眼に自信があるらしく得意げに頷いている。
少し想像してみる。朝が苦手で起きられない千堂さん。起きないとダメですよと少し揺すってみるが、あと五分とごねる。有りだな。時間をかけてゆっくり起こしてあげたい。ダメだ!一緒に寝たくなる誘惑を振り切るんだ林麻理佳!
私のくだらない妄想は、千堂さんが戻ってきたことによって打ち切りとなる。林先生の次回作にご期待ください。
電話自体はそこまで大事ではなかったらしく、予定に変更はないようだ。店の二人に丁寧に礼を言ってお開きとなる。
「じゃあね。千堂ちゃんも、今度は客で来てちょうだい」
「わかりました。また来ます」
「麻里佳ちゃんもがんばってね。応援してるわ」
「ええ、まぁ、はい」
店を出ると見慣れた駅間の風景だ。一気に日常に戻る。
「何か話してたの?」
「まぁ、色々とお話いただいて。雑談上手ですよね。流石だと思いました」
あなたの話をしていたなんて言えるはずもなく、話を逸らそうとする。
「そうだね。職業柄、色々とコツがあるんだろうけど」
「聞けばよかったですね。教えてくれたらですけど」
私たちは駅まで並んで歩く。本当は社用車があるが、今は修理中らしくて今日は電車移動だ。
「コツね。基本的に話すことって三つに分かれるんだよ」
「3つですか」
「自分のこと、相手のこと、第三者のこと」
「あーわかります。確かに三つですね」
「で、大事なのは目の前の相手にどれを使うかなんだよね。さっきは林さんが一人残されて緊張してそうだったから、翼さんが自分の話で繋いでくれたわけだよ」
「確かに。めっちゃ緊張しました。色々話してくれて助かりましたね」
「逆に、自分のことを話したい人なら、ちゃんと聞いてあげないといけないわけ。その辺の空気を読めるかどうかっていうのは大事だよね」
うーむ。こういうところも技術なのか。それぞれの話題で話す内容も事前に考えておくべきなのかもしれない。取材先の人とスムーズに会話を始めたり、緊張した新人作家に楽に話してもらったり、出版社の人間は意外とコミュニケーション能力が必要とされる。
そうこうしているうちに駅に到着する。会社までは一駅、わざわざ領収書をもらわないといけない。
がらがらの駅のホーム。次の電車まで二十分近くあるので千堂さんは煙草を吸いに行ってしまった。ここに喫煙ルームなんてものはなく、ホームの端のほうにポツンと灰皿が立ってあるだけだ。
梅雨も明けて一週間くらい経つというのに、なんだかジメジメしている気がする。このあとは熱い夏が待っている。
私はベンチに座ってペットボトルのお茶を一口。遠くで煙草を吸う千堂さんを眺める。
私は元々東京の大手出版社を志望していた。出版不況と言われる昨今だが、それでも大手の倍率は中々のもので見事に全敗してしまった。それでも同じ業界にいれば中途で移ることができるかもと、地元の小さな出版社である今の会社に入社した。
そんな私の教育係になったのが、私と同じ景花女子大を卒業した二つ上の先輩である千堂花さんだ。同性で年が近いという理由で教育係を任されたのだろうが、仕事というのはそういうものだろう。私もアルバイトの時に同じような理由で後輩の女の子の面倒を見たことがある。
私はそんな千堂さんに一目で心を奪われてしまった。とにかくカッコいい。
同じ大学のいい女は香織と二人でチェックして回ったはずだが、どうやら千堂さんは漏れていたらしい。こんないい人を見ていなかったなんて、視力には自信があったんだけど、眼鏡をかける必要があるのかもしれない。
今時煙草をガンガン吸う人で、セブンスターを愛煙している。今もホームの片隅で灰皿に灰を落としているところだ。
なんで千堂さんが煙草を吸う姿は様になるのだろうかとずっと考えている。多分だけど、千堂さんは煙草を吸うときにスマホを見ない。考え事をしているのか、少し下を見つめたままゆっくりと煙を吐き出す姿がクールに感じる。煙草の煙を全身に行き渡らせるようにゆっくりと吸って、三秒くらいかけてゆっくりと吐き出す。その間、一枚の絵のようにじっと佇んでいるが、揺れる煙だけが静止画ではないと教えてくれる。
何かで読んだけど、モテる人とモテない人の違いは余裕の有無らしい。モテない人は動作や話し方に余裕がなく常に着きがないが、モテる人はゆったりとした動作で常に余裕を忘れない。
そう考えてみると、私が千堂さんに惹かれているのも当然というわけだ。
快速電車がホームを横切り、その勢いで突風が吹く。私は慌てて髪の毛を抑えるが、千堂さんは目を向けることなく同じ格好のままだ。こういうところが私と違うんだなぁ。
千堂さんが私に視線を向けないからと、じっくり眺めさせてもらう。見ている時間の分だけ幸せな気持ちになる。たったこれだけのことで人を幸せにさせてくれるなんて、あの人は神様か何かだろうか。
千堂さんは煙草の火を消して私の方へ歩いてくる。どうやら電車の時間らしい。
隣に並んだ千堂さんから微かに煙草の残り香が漂ってくる。煙草の匂いなんて大嫌いだったけど、相手が千堂さんになると急に好きな匂いになってしまうから、人間とは勝手な生き物だと思う。
私たちが乗った車両には、他に誰も乗っていなかった。
静かな車内、電車の走る音だけが響く。千堂さんの間には、遠慮がちに空けた1mくらいの隙間がある。この距離が、今の私と千堂さんの心の距離だ。
いつか肩が触れるくらい近くに座りたいと思う。セブンスターの匂いにドキドキして、誰もいないからって腕を組んだりして。うとうとしてる横顔を眺めて……。
はぁ。そんな妄想していないで、突撃して玉砕してみようか。いや、でも仕事に影響するし。
帰ったら香織に相談しよう。
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