電撃 中編

 二人を見送った帰り道、ふと高校生の時の友達を思い出した。千堂花。何故今になって花のことを思い出したのか。あのふたりの背中に、私と花のなりたかった今を感じているのだろうか。

 一年生の時から卒業まで仲がよかった。高校時代、いや人生で一番の親友だった。当時、私が好きだったバンドの話をしたのが最初だ。花の妹が同じバンドを好きだったらしく、家にポスターがあるとか、そういった他愛のない話をした。

 花は後輩の女子から慕われるような、クールでカッコいい王子様のような人だった。しっかりとした自分を持っている、一本芯の通ったまっすぐな人。背が高く、モデルのようなスタイルをしていて、そこに佇んでいるだけで絵になった。私は美術部に所属していたので彼女の絵を描きたいと思っていたが、最後までお願いすることはできなかった。

 聞き上手で、私の言葉をするすると引き出してきた。バケツに穴が開いたみたいに次から次へと漏れ出てきて、一通り空っぽになるとすごく気分がよかった。

 一生の付き合いになる親友。そういう関係になることができると思っていた。私から花を見る目が変わってしまわなければ……。

 いつからだろうか。短くした髪からうなじが見えると、心が跳ねるようになった。目を見て口元だけで優しく微笑んでくれると顔が熱くなった。目を閉じると、私を呼ぶ落ち着いたクールな声が、頭の中で何度も再生された。思い出が積み重なるに連れて、生活に色が増えて大切な物が増えていくように感じた。これが恋なのだ。じわじわと熱を帯びていく制御できない感情。花は友達と呼べる存在ではなくなっていた。

 そして、もう友達には戻れないと思った。花は私のことを友達だと思ってくれているのに、自分は不純な目で彼女を見ていた。身体に触れたいと言う欲、抱き締めて、自分だけのものにしたいという欲。その感情が後ろめたい気がして、悪いことをしているように思った。この気持ちだけは漏れないように、必死に押し殺していた。

 だからだろうか、卒業後に連絡を取る勇気が出ずに疎遠になってしまって、それっきりだ。

 まだ好きなのかというと、そういうわけではない。花への気持ちは割り切れている。ただもっとちゃんとした結末があったはずだ。もっと上手く振る舞えたはずだ。私は今までずっと上手くやってきた。勉強は学年一桁をキープしていたし、第一志望の大学にも合格した。英語はネイティブの人とビジネスレベルで話すことができるし、営業成績も常にトップ争いをしている。大学の時にやっていた家庭教師のアルバイトでは、全員第一志望で合格させた。ずっと上手くやってきた。生まれてから今までずっと。

 あの時だけだ。花とのこと、あれだけは全然ダメだった。高校から今まで後悔がずるずると尾を引いている。

 付き合えるにせよ振られるにせよ、きちんとした結末を迎えられたはずだ。そしたら、今も親友として隣にいてくれたかもしれない。


 翌日、滝口さんは遅刻することなく出社した。お酒もすっかり抜けきったらしく、朝から元気に挨拶をされた。酔いが回るのは早いが、抜けきるのも早いらしい。

 それからしばらく、滝口さんとは帰りにご飯を食べにいくことが多くなった。店は最初に行ったイタリアンから、お財布にやさしい食堂やチェーン店の居酒屋まで色々だ。

 何度か話をしていると、滝口さんの人となりもよく分かってくる。背が低く、感情を表に出すことが多く、可愛らしい雰囲気を持っている子どもっぽい人……と思いきや、ふとした瞬間に大人びた顔を見せることがある。人の話を聞いている時や、ご飯を食べているときのふとした仕草。人生経験を詰んだ人にしか出せない、ゆったりとした落ち着きのようなものがある。目が合うとすぐに下を向くくせに、横から見ているとそういう時がある。

 その一瞬を見つけるのが好きだった。幸運が舞い降りてきたようなお得感を感じることができた。

 一方で良くない傾向もあった。滝口さんと幼馴染のふたりを見てから、ふとした瞬間に花のことが頭をよぎる。どうしたのだろう。確かに花は大事な友人だったし、二人の時間は今でも大切な思い出だ。でもここまで頻繁に思い出すことはなかった。たまに頭をよぎり、少し落ち込む。一晩寝たらまたいつも通り。そういうものだった。でも今は滝口さんが幼馴染の話をする度に、隣に立つ花の姿を想像してしまう。

 やはり、あの二人の姿に有り得たかもしれない自分たちの今を見出してしまった。それが原因なのだろうか。

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