それはまるで鎮魂歌のような

「ちょっと一緒に来て欲しいところがあるんだけど」

堀田は自動販売機で飲み物を買ってる俺にそう話しかけた。

「まあそれは構わないけど、お前まだ長袖長ズボンなのかよ。見てて暑苦しい…うん?」

ツンと鼻に来る匂いがした。普段嗅ぎなれていない匂いに不快感を覚える。

「この匂い、香水か?堀田、お前香水つけたのか?」

「…まあ、ちょっとしたオシャレにね」

「やっぱ最近変だよ。似合わないことして…」

「何でもいいさ、とりあえず一緒に行こう」

堀田は強引に話を戻して歩き始める。俺は怪訝な顔をしながらその後をついて行った。

大学構内を横断して歩いた先は、普段使うことの無い館だった。

「ここは?」

「11号館。中にはピアノとちょっとしたAV機器がある程度で普段は使われることの無い場所さ」

「こんな所になんの用なんだ?」

「ここはあんまり知られていないけど地下室があってさ。そこはちょっとしたホールになってて、隠し事をするにはちょうどいいんだ。まあ、そこに行くのはちょっと面倒だけど」

堀田は正面から入り、エレベーターで三階へと進んだ。そこから、あまり知られていない地下に直通の別のエレベーターに乗る。

「こんなのがあるのか」

「そもそもこの11号館も影が薄いからね。このエレベーターのことは教員も知らない人が多いだろう。と、着いたよ」

エレベーターが開き、狭い通路へと進む。無機質で閉鎖的なコンクリートの道は、俺に恐怖感と危機感を覚えさせた。

「堀田、お前は一体…」

「ここだ」

堀田は扉を開ける、中は真っ暗で何も見えないが、妙な異臭が漂っている。

「電気をつけるよ」

パチッとボタンを押し、まばらに部屋の電気がつく。

そこにはピアノと用具入れがあるだけで、特に何があるわけでもなかった。身構えていた俺は拍子抜けする。

「それで、一体なんの用なんだ」

堀田はおもむろに部屋の鍵を閉めた。

「鍵」

そして俺の言葉を無視して、一人語りをし始めた。

「生と死を分つ門に干渉するための鍵。今門は開いたままで、それを閉じるためにはその鍵が必要だ。でも、鍵を手に入れるには多くの人の犠牲が伴う。だから、お前は門を閉めようとしない」

俺は警戒を強めながら強い言葉で堀田に問いかける。

「なんでもいいからさっさと話せよ、なんでここに俺を呼んだのか。俺もう帰るぞ」

「でも、お前たちはどうやって鍵が出来るかを知らない。だから、非効率的に人々を殺さないといけないんだ」

「いいから教えろ!俺をなんで呼んだ!」

堀田は狂気を湛えた笑みを浮かべる。

「門を閉めるため」

「何?」

「門が開いたままでは、必ずいつか良からぬ事が起きる。世界をあるべき姿に戻さなくてはならない。お前なら分かるだろ?」

俺は即座に最悪の事態を思い浮かべる。

「お前、鍵を?」

「ああ、ここにある」

堀田は手のひらを広げ、手の内に鍵があることを示した。

「この鍵で、門を閉じる」

「お前、その鍵どうやって手に入れた!鍵は大量の人が死んだ場所でなければ拾えないはずだ、お前もまさか…!」

俺は怒りを露わにして堀田を問う。そんな俺とは対照的に、あくまで冷静に堀田は答えた。

「安心しろよ、別にニュースでそういう大規模な殺人事件なんて報道されてないだろ」

「だが、鍵は…」

「教えてやるよ。鍵は大量の人の死を必要とするんじゃない。人が死ぬ時の、生に縋ろうとする感情、怨念、怒り…それらの感情が強く集まった時、渾然と一つの物質となる。それこそが鍵だ」

俺も知らなかった鍵の事実を、さも当たり前の如く堀田は話した。そして、続けて驚くべき事実も告白する。

「だから、大量の人の命も必要ないんだ。二人程度、時間をかけてなぶり殺せば怨恨の感情はより多く強く集まる。結果として鍵はここにあるし、最小の犠牲で俺は鍵を手に入れることができた」

「お前、人を殺したっていうのか?鍵を手に入れる為に!?そんなことが許されると…」

「世界をあるべき姿に戻すため、致し方ない犠牲だ。この部屋があって助かったよ。ここじゃ悲鳴も外には漏れない」

俺はハッと、この部屋の異臭の正体に気がついた。これは血の匂いだったのだ。堀田が殺した人の血。

「どうしてそこまでして…。俺を呼んだ理由は?」

「門を閉じるためだって言ってるだろう?」

「門は死者を使わなければ干渉は無理のはずだ」

「鈍いなあ、全く…」

堀田は呆れながら懐からナイフを取り出す。

「お前を殺して死者にすればいいってことよ」

友にナイフを突きつけられる。二度と経験することは無いと思っていたが、まさか二度目があるとは、と思いながら俺は臨戦態勢をとる。

「どうしてだ、俺をそこまで憎んでいたのか」

「死ぬ間際に教えてやるよ」

そう言いながら堀田は走り出した。さっき部屋の鍵は閉められていた以上、ここで堀田の殺傷能力をゼロにするしかない。悠長に部屋の鍵を開けようとしたなら、背中からズドンがオチだろう。とにかく必死に振り回されるナイフを避けながら反撃のチャンスを伺い、上手く両手で堀田の両腕を掴むことに成功する。

俺は面と向かって叫ぶ。

「俺はお前に殺されるつもりはない!」

「俺はお前を殺すつもりしかないぜ」

「どうして!」

「どうしてもだ」

俺はパッと右手を離し、即座に振りかぶる。

「さっさと目を覚ませ、この分からず屋!」

俺の渾身の力で堀田の頬を殴る。

その時、信じられない事が起きた。堀田の顔が勢いよく取れ、宙に舞い、床に転がっていったのだ。

「うわああああ!!!!!」

俺は即座に堀田から離れる。そして、恐る恐る首の上を見た。

「…え?」

俺は己の目を疑った。

ありえない。そんな馬鹿な。何故、何故。

「七…橋…?」

「不思議がることは無いだろう、門は開いてるんだから」

「それは…」

「ちょっと考えればわかることさ。長袖長ズボンなのはシシャの魂が入って朽ちていく肉体を見せないため、香水は匂いを腐臭をかき消すためさ」

「そんな…なんで…」

「これで分かっただろう?僕がお前を殺したい理由がさ」

音はしなかった。七橋の刃が俺の胸を貫いた。それはまるで、かつて俺が七橋の胸に鍵を突き立てた時のようだった。

「がっ…あっ…」

七橋は刃を抜き、俺は床に倒れ込む。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

七橋は俺を見下して、勝ち誇るように呟いた。

「嬉しいもんだ、ようやく僕は復讐を果たせた」

意識が遠のく。俺は、死ぬ。罪を重ね、人の命を弄んだ俺に相応しい最期かもしれない。

これが、愚かな夢を見た者の辿り着いた果てか。なんと無様だろう。

消えゆく灯火の中、鍵を突き立てた七橋の最後の言葉が聞こえた。

それは、忌み嫌う者を送り出す言葉にしてはあまりに優しく、静かな声だった。

「さようなら」

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夢の… @axel04

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