夢の果て

終末の足音は聞こえず

「なあ、見ていて暑苦しいんだけど」

「ん?」

シシャ騒動のほとぼりが冷め、俺たちは進級して大学二年生になっていた。

今は五月、気候的には初夏であり半袖でも汗をかくほど暑くてたまらない。だが、大学で最も仲のいい友人である堀田は、そんな初夏の日にも長袖長ズボンだった。

俺たちは大学構内のカフェでドリンクを飲みながら話していた。

「俺、あんまり暑がりじゃないからな」

「そのレベルを超えてるよ、全く。ここ三日くらいか、なんかお前変だぜ。一昨日だって、スポーツ学の授業出てなかったろ」

「ああ、そうだったか」

「そうだったかって…」

俺たちの履修しているスポーツ学の授業は、火曜の一限に開講されている。朝イチの授業は面倒この上ないが、内容としてはただスポーツをするだけという気楽なもので、数少ない楽しみな授業の一つである。それは堀田にとっても同様であったはずだが。

「寝坊しちまったんだ、起きたら授業始まっててさ。もういいやって」

「まあ一回出なかった程度じゃ大丈夫だろうけどさ、気ぃつけろよ。それにしても、寝坊なんて更に珍しいな。お前朝強い方だろ」

「まあな。最近ちょっと凝ってるもんがあってさ、それに時間費やしてたら睡眠不足になっちまった」

「へぇ、なんだよそれ」

堀田は不気味な笑顔を浮かべる。

「まあ、端的に言えばオカルトかね」

「オカルト?」

ちょっと心配になる。まさかこいつ、変な宗教にでも捕まったのか。そうだとしたら、引き戻すのは至難の業だが…。

そう懸念する俺の顔を見て、堀田は苦笑する。

「安心しろ、なんかを信仰してる訳じゃない」

俺は胸を撫で下ろし、率直な疑問を口にする。

「そうか。それじゃ一体どういう類のものなんだ?」

「シシャ騒動ってあったろ?死人の魂が蘇ったっていうアレ」

唐突なシシャという言葉に俺は若干ピクッとなったが、堀田は関係なく話し続ける。

「あの騒動の時は特に何もなかったんだけど、最近なんというか、シシャの魂の残り香みたいなものを感じるんだよ、シシャと関わってた人から」

「残り香…」

「シシャと関わってた人から、そういう雰囲気を感じ取れるようになったんだよ。それで、そもそもシシャの存在があらためて不思議に思って色々調べてたんだよ。まあ、有効な参考文献なんてどこにもないけどさ」

「霊感みたいなもんか」

「そうともいうかな」

その時、俺は内心怯えていた。仮に堀田がそういう霊感を本当に持っていたら、俺にそれを感じないわけが無い。俺はシシャ騒動の中心人物だ。俺の犯した罪を知られたら…。

俺は言葉を選びながら話を聞く。

「それで、なんか分かったのか?」

「いや全然。オカルト極まった話に科学の力は通用しなくてさ、調べても意味なかった。でも、少し興味深い話もあってさ」

堀田は暗い目で俺を覗きながら呟いた。

「生と死を分つ門。そういう存在があるんじゃないかってさ」

「門…」

俺は動揺を何とか隠すように、ただ堀田の言葉を反芻した。その様子を見て、堀田は口角を上げる。

「隠し事が下手だな、お前は。知ってたんだろ?その門の存在を」

「いや、まあ…その…」

「お前からは、他人とは比べ物にならない位のシシャの残り香を感じるんだよ。お前がシシャと強く関わっていたってことだ」

堀田はズイと体を乗り出す。

「俺は知りたいんだ。シシャはなんでこの世に現れたのか。分からないままだと気持ちが悪い」

俺は堀田の姿に、かつての阿野さんの姿が重なった。

「…知ってどうするんだ?」

「別にどうもしない。知りたいだけだ。ていうか、教えてくれるまで粘るぞ、俺は」

堀田からは俺や阿野さんのような壊れた雰囲気は感じられない。ただ純粋に知りたがっているだけだ。俺は内心ほっとした。

「…分かったよ、教えてやる」

「サンキュー」

俺は、俺が七橋を蘇らせ、そして再び門を閉じた時の体験を話した。門の存在、鍵の存在など、堀田は心底面白がって聞いていた。

「…なるほど、それでお前は再び門を閉じたと」

「ああ、今でも夢に見るよ、あの時のことは」

「もしかして、門をまた開けることが出来ればシシャってまた蘇るのか?」

「いや、実は門はまた開いてしまったんだ。でもシシャは現れていない。多分、死の世界の方で何かあったんだろうな」

「門を誰かがまた開けたのか?…そうか、半年前の爆破テロ事件はそういうことか。そう言えば、犯人の人ってお前の部屋の隣人だったか」

「…まあそういうこと。察しがいいな、探偵でも目指したらいいんじゃないか」

「推理小説とか読んでたからな。にしても、面白い話だったよ」

堀田は満足気に席を立つ。

「それなら良いけどさ、授業はきちんと受けろよな。次の時間授業あんだろ」

「善処するさ」

そう言いながら去っていき、前を歩いていた二人組に話しかけていった。

俺は呆れながら独り言を呟く。

「次の教室の方向、反対側だろ」

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