夢は深く
一週間前、かつて通り魔事件が起こった駅前の商店街で、爆破テロ事件が発生した。その被害は通り魔事件の比ではなく、爆発近辺の店はガラスは割れ、店の中のテーブルなども壊れ、見るも無惨な状況となっている。かつての通り魔事件も発生してしばらくは血の跡が残っていたが、今回の事件の傷跡が完全に回復するのにはより時間を要するだろう。
そして、時を同じくして、隣の部屋の住人である阿野さんが行方をくらました。阿野さんは、事件前後の防犯カメラの映像、通販サイトの購入履歴、そして部屋に残されていた爆発物を作るための素材が残っていたことが決め手となり、今回の事件の犯人だと警察は断定。彼女を指名手配し、マスコミも連日この事件を報道した。
しかし、今回の事件が起きた理由は、恐らく俺にしか分かるまい。彼女は門を開きたがっていて、そのための鍵を手に入れる必要があった。そして俺が鍵を拾った状況から、多くの人の死が鍵を作るのだと推測した彼女は、今回の爆破テロ事件を起こした、ということだろう。
彼女を焚き付けたという点では、また俺は罪を重ねたと言わざるを得ない。しかし、彼女が大木さんに会いたいといったあの目を見たら、教えるしか無かった。あの盲信的な目。あの目を持つ限り、彼女は諦めることはない。いずれ自分の手で結論に達し、今回の事件を起こしたはずだ。人は、それがどれだけ愚かしい事と分かっていても、求めることをやめることはないのだから。
ヴーッとスマホが振動したので手に取ると、非通知の電話がかかってくる。俺はもしやと思い電話に出る。
「もしもし、阿野さんですか」
「ええ、そうよ」
やはり電話の向こうの人は阿野さんだった。
相手は指名手配中の犯罪者だが、俺は別に警察に突き出すつもりもないため、淡々と話を進めることにした。
「一応確認しますけど、今話題になってる爆破テロ事件って阿野さんがやったんですか」
「ええ。鍵も拾えたし、あなたに言われた通り死人に突き立てて回したわ。そうしたらその人が光って消えてった」
俺の時と同じだ。十中八九、再び門は開かれてしまったのだろう。同時に、俺は阿野さんが電話をかけてきた理由が分かった。
「ねえ、教えて。どうして大木くんは…シシャは現れないの?」
「…」
門は開いた。しかし、シシャが再び現れたという報道は未だされていない。阿野さんの目的は果たされていないのだ。どうして、何故と阿野さんは縋り付くような声で俺に聞いてくる。
「俺も詳しいことは分かりません。門は恐らく開いたはず。それでもシシャが現れないのは、死の世界の方でこの世界に行くことが規制されたのかも知れません。あるいは、ただシシャがもうこの世界に行きたくないと思ってるだけかもしれませんが」
「そんなわけない!だって、大木くんは私と一緒にいるって言ったもの!門が開いたらすぐに来てくれるはずよ!」
たぶん阿野さんは知らない。シシャ達の葛藤を。今の阿野さんの姿は、かつて七橋に三行半を突きつけられた時の俺と重なる。自分のやってしまったことがどれだけの大罪かも知らず、自分の欲しか見ることの出来ない愚者の姿だ。
「大木さんはどうだったかは分かりません。でも、死者になった俺の友人は蘇らせた俺をずっと憎んでました。シシャとしての生活は、それほど辛く悲しいんです。だから、もしかしたら…」
電話の向こうの声が途切れる。俺の言う『もしかしたら』に動揺しているのだ。
やがて、絞り出すような声が聞こえてきた。
「私は、認めないわ。いずれ必ず…私は…大木くんと…」
その声で通話は終了した。そしてそれが、俺と阿野さんの最後の会話となった。
つけっぱなしのテレビではまた有識者達が、何故普通の女子大学生であった阿野さんが爆破テロ事件を起こした理由は何かを議論している。
だが、彼らには永遠に理解出来ないだろう。
一生を夢の中で生きる人間の事など。
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