愚者は罪を重ねる
私は大木くんを蘇らせる事を決意したが、何をどうすれば良いかも分からない。そもそも、死者が蘇るなんてちょっと前まで信じられないことだったのだから、徒労に終わるだけかもしれない。
でも、死者は一度この世界にやってきたのだ。二度目が無いとも言いきれない。
私は微かな希望のもと、隣の部屋の大学生を自室に招いた。
七面倒臭い前置きをすることなく、私はスッパリと彼に聞いた。
「ねえ、シシャを呼び出す方法知らない?」
何故彼なのか。それは一ヶ月程度前、彼と鍋を食べた時に、彼がシシャが現れた理由について「思い当たる節がある」と呟いたから。
たったそれだけではあるが、普通に考えてシシャが現れた理由に心当たりがある人なんていない。思い当たる節があるといった彼ならば、あるいは。
彼は愛想笑いを浮かべる。
「唐突ですね。別に俺はそんなの知らないですよ」
「嘘。君は以前思い当たる節があるって言ってた。何か知ってるなら教えてほしいの」
「…どうして知りたいんですか?」
顔つきが変わり、真剣な表情で私を見る。恐らく試されているのだ、私にその資格とか覚悟があるのかどうかを。
私は混じり気の無い言葉をぶつける。
「私は大木くんに会いたい。それだけよ」
彼はなお神妙な面持ちで私を見る。そして、ため息をついたかと思ったら、こう答えた。
「この世界には門があります。生と死を分つ門。その門を開けば、シシャがこの世界に現れることができるはずです」
「門…。それで、それはどうやったら開けられるの」
「鍵です。鍵を拾って、死人の身体に突き立てて、回す。そうすれば開きます」
オカルトチックな話だが、理解はできた。しかし、気になることがあった。
「その口ぶりから、君がその門を開いたってことでいいの?」
「ええ」
「じゃあなんで今シシャは皆消えちゃったの?門が閉まったってこと?」
「…そうです。門は今閉まっています。いや、俺が閉めました」
「…そう」
彼は申し訳なさそうに話す。彼は門を閉めれば大木くんが消えて、私がまた一人になることも分かっていたんだろう。一抹の怒りが私の中に湧いたが、彼の表情から並々ならない事情があったと察し、怒りを収めた。
「それで、その鍵って言うのはどこで拾えるの?」
「そこまでは分からないです。俺が拾ったのは、町が洪水の被害を受けた時と商店街で連続通り魔事件が起きた時でした」
どちらの起きた場所にも共通点はなく、結局本当に鍵が落ちている場所については分からずじまいだった。
「俺が知ってるのはそれだけです」
「いや、ありがとう。充分だよ」
彼は部屋へと帰っていき、私は一人で鍵の取得方法を考えていた。
なぜ彼はその場所で拾えたのか。その二つの場所には何か特別なものがあったのか。何が一緒だったのか。
ふと、当たり前のことに気付く。この二つの場所の共通点が一つだけある。それはどちらも多くの人が多く死んだ場所だと言うことだ。
死の世界へと通ずる門を開けるためには、多くの人の死が必要、と考えれば、ファンタジーっぽいけど理解出来る。
もしかしたら、門を開閉する鍵は、多くの人が死ぬ場所に行けば、拾えるのかもしれない。
恐ろしい事を思いつく。そんなことは断じて許されない。人一人を蘇らせるために、何の罪の無い人々を殺すことなど。しかし、私はもはやそんな倫理観など持ち合わせていなかった。
彼を呼び戻すことが出来るのなら。そんな思いに取りつかれ、私は大学の実験室や通販で材料を調達し始めた。
TATP。アセトンや過酸化水素水、塩酸、硝酸、硫酸などを正確に混ぜ合わせて作れる爆薬だ。小規模な起爆剤で大きな爆発を起こすことができ、その簡単な製作方法と殺傷能力の高さから別名「サタンの母」とも呼ばれる爆発物。これを利用して、私は多くの人を殺傷できる危険物を製造した。爆発そのものも大規模で、爆発したら釘やネジが飛び散り近くの人に確実にダメージを負わせられる代物だ。実際この手の物は外国のテロ事件で使用されている。
そう、私はテロを起こそうと言うのだ。人畜無害な女子大学生が、何食わぬ顔で人々を殺す。
言うまでもなく、これは大きな罪だ。だが私は、どんな罪を背負うとしても、彼に会いたかった。その思いが、私の中の罪の意識を薄めていく。
かつて連続通り魔事件が起きた駅前の商店街。今は活気に溢れ、血なまぐささなどどこにも感じられない。そんな街の5箇所に、私は怪しまれないように爆薬をセッティングする。
私は爆発に巻き込まれない所に行き、街を見る。今からここは地獄と化す。私が地獄にするのだ。起爆してしまったら、今までの自分には戻れない。でも、私は後戻りはしないと決めた。いや、戻れないのだ。大木くんを蘇らせることを決意したあの日から、退路は断たれている。進むしかない、その先に例え道が無かったとしても。
爆音が響く。それから人々の悲鳴。街の外へと人々が逃げていく。私は気が狂った振りをして街の中に入っていく。こんな演技をしなければ、周りに怪しまれてしまう。いや、もう充分狂っているかと、心の中で自嘲する。
爆心地に近くなるにつれ、惨状があらわになる。体に大火傷を負った者。飛び散った釘が刺さり呻き声をあげる者。苦しみに悶えながら死んだ者。多くの人が傷付き、死んでいっている。
私は背けるように目を瞑り、願う。さあ鍵よ、と。
カラン、と音がした。振り向くと、地面に見たことも無い鍵が落ちている。私は、これこそが自分の求めていたものだと理解し、高揚しながら拾う。
そして、爆発をモロに受け、見るも無惨な姿で絶命している顔も名前も知らない人の前に立つ。
私は呟いた。
「安心して。あなた達の死には、意味があるわ」
私はその人の胸に鍵を突き立て、回す。
再び、生と死を分つ門は開かれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます