夢の痕
儚き愚者
私には肉親がいない。孤児院の方の話によれば、私はロッカーに棄てられていたらしい。今探そうと思ったら、私を棄てた両親を見つけ出すことができるかもしれない。まあ、そんな意味の無い事をする気はない。血が繋がってなくても固い絆で結ばれる人達がいるのとは対照的に、血の繋がりがあろうともその間に情なんて欠けらも無い人達もいる。私を捨てた両親を見つけても、私は心の底から彼らを家族とは思えない。
思えば、私は愛に飢えていたのだろう。孤児院の大人たちに育てられ、似たような境遇の子供も周りにはいたけれど、私の心が休まる場所なんてどこにもなかった。
幸運なことに私は頭脳に恵まれ、高校も大学も特待生もして扱われ、学費の心配等はいらなかったが、そこで会う人達とも無意識に壁を作っていた。所詮彼らは“持ってる”人間だ。私が望んでも望んでも手に入らないものを、彼らは当たり前のように持っている。そんな彼らに、私の気持ちなんて分かるまい。そう思っていた。
しかし、世界というのは気まぐれに救いの手を差し出すものだ。私が大木拓也と出会えたことは、幸せとしか言いようがない。
きっかけは、高校の時の体育祭準備の時だった。クラスの旗を作るため、私と大木くんは二人で旗のデザインを考えることになった。私は頭脳明晰で良いデザインが思い浮かびそうだから、大木くんはクラス唯一の美術部だからという理由だった。
正直面倒くさかったから、パパっと終わらせて帰ろうと思っていた。でも、いざ彼と二人きりになった時、私は彼の目に他の人とは違うものを、もっと言えば私と同じ孤独を感じた。
不思議だった。そんな事を感じたことは一度もなかった。私は思わず呟く。
「あなた、ひとりぼっち?」
はっと驚き、大木くんは私を見る。
「いきなり何さ」
「あなたの目から感じたの。私と同じものを」
大木くんの目も、私の瞳の奥のものを探る。そして、彼もまた感じ取った。
「君も、一人だったんだ」
後から聞いた話だが、彼は家で虐待を受けていたらしい。しかも身体に痕の残らないように、巧妙に攻撃されていた。彼は高校卒業と同時に家を去ることになる。とはいえ、ここで重要なのは、彼がその仕打ちによって安らぐ場所を失っていたことだ。
愛すべき家族から暴行を受け、そんなことを学校の人に言う勇気も無く、孤独の中でもがいていた。彼もまた、愛に飢えていた、のかもしれない。
そんな彼と私の距離が急速に縮まっていくことは、なんらおかしい話でもない。お互いがお互いの孤独を癒し、救い、愛した。
それは言葉にすれば共依存というやつで、決して真っ当な関係とは言えないだろう。
でも、私たちは幸せだった。それはまるで夢の時間だった。
多分これからずっと一緒なんだろうなと確信していた。永遠を信じた。
だが、神様は気まぐれに全てを奪いさることもある。
よくテレビで耳にする、『アクセルとブレーキの踏み間違い』。そんな、いわゆる“よくあること”で、大木拓也は呆気なく死んだ。
コンビニで買い物をしていた時に、車に突っ込まれて。そんな劇的でもなんでもない、なんの価値もない死だった。
全てを恨んだ。神様が本当にいるのなら、なぜ私から全てを奪いさるのか。殺すなら何故私を殺さなかったか。あの時の私は、ずっとそんなことばかりを考えていて、脳内はぐちゃぐちゃだった。三ヶ月熱を出した。本当に苦しかった。
時間という名医は、私の心の傷を治すことは出来なかったが、分厚い包帯を巻くことで、その傷を普段は意識しないようにできるようにした。私は少しずつ立ち直り、居も移し、空元気でもって毎日を過ごすようにした。大越で隣の部屋の人を呼び出しで、ご飯を食べて、喋って。普通の人のように過ごす。
だが、夢を見ると包帯は取れてしまう。昔の幸せを思い出して、普段古傷から血が流れてしまう。
自殺も考えた。でも、結局私にはその勇気も出なかった。死んだら会えると信じていても、それでも怖くて、吊るしている縄の円をくぐることは出来なかった。
もう一度、彼に会いたい。そんな思いが通じたのか、この世界にシシャが現れた。
死人の魂が復活するというのだ。私は高揚を抑えきれなかった。私は待った。まだかまだかと待ち続け、そしてようやく再会を果たした。
私は彼に触ることも出来ないが、構わなかった。そこに彼がいてくれるだけで、どれだけ嬉しいことか。
私は彼と夜通し話した。気分も高まっていたし、壁も薄いから隣の部屋に迷惑だったかもしれない。でも、そんなこと気にならなかった。
私は彼に聞いた。
「もうどこにも行かないよね?ずっとここにいるよね?」
彼は私の問いに笑顔で答えてくれた。
その会話の三日後、この世界からシシャは消え、私はまた一人になった。
私は嗚咽した。何故こんなにも残酷な運命に自分は翻弄されているのか。
私は失意と怒りの中で、悟った。
ただ流されるだけでは何も得ることは出来ない。運命に逆らい、時に世界に歯向かう覚悟が無ければ、何かを得ることなんて出来ないと。
私は決める。私の夢は、こんな所で終わらせない。
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