チガイ
今回俺が再び故郷へと赴くのは、もう一度あの場所へ、俺が鍵を拾った場所へ行く必要があると考えたからだ。
俺があの鍵を使った後、この世界にシシャが現れた。それを考えると、俺がシシャが現れるきっかけを作ったと想像せざるを得ない。
とはいえ、シシャが現れるきっかけが俺だったとして、それはどうでもいい。
もし俺がきっかけだとするならば、俺が一番会いたい死人が復活しててもおかしくない。そして、シシャが現れて二か月。もうこの世界にシシャとして蘇って、飼育部の活動場所にいるだろうと考えた。だから、俺はもはや帰る場所でない故郷へ、再び帰る。
二か月では復興も全然進んでおらず、廃材がそこかしこにあった。何度見ても故郷の惨状には目を背けたくなるが、今の気分は悪くは無い。
何も無くなった通学路を進み、校舎の中へと入る。頼む、いてくれ。蘇っててくれ。そう願いながら飼育部の活動場所へ着いた。
顔が綻ぶ。初めて会った時のように、七橋はそこに立っていた。
俺は心の底から喜び、七橋に駆け寄る。
「七橋!」
七橋も俺に気付いた。その表情も、かつてのように仏頂面。俺は安心と呆れの気持ちでいっぱいになる。
「感動の再会なのにその顔か!全くお前らしいよ」
「そうかい」
反応も素っ気ない。なんだか昔の七橋の様だ。
「やっぱり、この世界に戻ってきてると思ったよ。本当に良かった」
七橋は俺の言葉を無視し、何も無くなった池を見つめ続ける。
俺は嫌な予感がした。
「七橋、お前…記憶とか無くしてるのか?」
ここまでの素っ気なさはまさに仲良くなる前の七橋と言った感じで、仲良くなった記憶とかが消し飛んだからこんな態度なのか、と考える。
シシャには分からないことがまだまだ沢山ある。記憶が無くなってることも考えられるが、そんなことは信じたくなかった。
だが、俺の心配は杞憂だった。
「いや、そんなことは無い。僕はちゃんと覚えているよ。死んだ時の記憶はあやふやだが、まあ十中八九逃げ遅れたんだろう」
まるで他人事のように自分の死を語る。俺の心配は杞憂だったが、妙な違和感を感じる。
「まさかこの世界に再び来ることになるとはね。君がしたんだろう?」
「ああ、多分。実感はないけど」
「やはりそうか。そうかそうか。本当にお前は…」
七橋は右手で顔を覆う。笑顔を隠しているのかなと思った瞬間だった。
「…馬鹿なことを」
「…え?」
「お前は自分が何をしたか分かっているのか!?」
七橋は激昂し俺を睨む。訳が分からなかった。
「な、何って…」
「お前は世界を分つ門を開けた。それはこの世界の流れを淀ませ、人々に苦しみを与えることになる。世界のシステムに干渉は許されない」
「も、門?それって…」
かつての会話を思い出す。あれはただの空想の中の話で、現実のことでは無いはず、と思う反面、それに心当たりがあることも事実だった。
「どうやってやったかは分からない。だが僕の身体を利用して門を開けたんだろう?」
やはりそうだった。あの時俺が拾った鍵は、七橋の言うこの世界と死の世界を分つ門を開ける鍵、という訳だ。
そもそも非科学的な事が多すぎて異を唱えたい気持ちも山々ではあるが、シシャという存在がいる以上無駄な事だと分かっている。
しかし、それでも解せない。
「何でだ?確かに世界のシステムに干渉するのは重罪なのかもしれない。でもお前はこうして蘇ったし、俺と同じように近しい人が蘇って喜ぶ人が沢山…」
反論する俺を、七橋は一言で黙らせた。
「俺たちは人間じゃない」
「っ!」
「確かに、最初この世界に戻ってこれた時は喜んださ。でもな、僕達には実体がない。魂だけの存在だ。食べることも、ベッドの上で眠ることも、お前の言う“近しい人”に触れることすら出来ない」
そう言いながら、七橋は校舎に触れようと手を伸ばして、触れることなくすり抜けた。
「僕の居場所だったここも、皆死んでしまった。鯉も亀も兎も。僕は彼らと共に過ごす時間だけが生きがいだった。だがそれすらも今の僕には無い」
なあ、と七橋は怒りを滲ませた冷たい目を俺に向ける。
「僕は、どうすればいい」
何も言えない。俺はただ、もう一度会いたいという自分の欲望に任せて門を開けた。しかしそれは七橋にとって、いやもしかしたら、この世界はシシャ達にとって苦しみしかないのかもしれない。
「俺は会いたかったんだ。もう一度」
「それはお前の夢だ。人の夢で己の飯は食えない。お前は自分のために、僕の命を弄んだんだ」
「それは違」
「違わない。お前は善意でやった事かもしれないが、一方的な善意なんて自己満足でしかない」
膝から崩れ落ちる。俺は間違っていた?死人が蘇るなんて誰もが望んでいたことじゃないのか。何で。何が間違ってるんだ。
「理解すら出来ない、という表情だな。だがまあ、当然だ。僕達は人間じゃない。違う存在のお前たちとは、もはや分かり合うことなんてないんだ」
「…俺はお前と分かり合えると信じたい」
「無理だ。知っているか?人間は、僕達シシャの存在の恐ろしさにデモを起こしているらしい。今は一部の人間だけだがどうせ皆追従するさ」
俺は阿野さんの部屋で見たテレビの映像を思い出す。あれは確かにシシャという不可解な存在に対しての排斥運動だった。
「人は、己と違う存在を認めることは出来ない。差異は不安を、不安は恐怖を、恐怖は憎悪を、憎悪は憤怒を呼ぶ。その怒りのまま、己とは違う“バケモノ”に、人は攻撃する」
「俺はお前をバケモノだなんて思っちゃいない!」
「僕はお前を心の底から憎んでいる。殺したいほどに」
七橋から発せられたその言葉は、飾り気の無い本心だった。
俺は、揺らいだ。
「だけど、今の僕は武器を持っどころか、殴ることすら出来ない。諸悪の根源が目の前にいるのに。狂いそうになるよ」
「七橋…」
「だから、僕の前からさっさと消えてくれ。いつか僕は必ずお前を殺す。その日を楽しみに待っててよ」
俺は最後に言葉を伝えようとした。七橋に鍵を突き立てたあの日の如く、縋り付くように。
そんな俺に、七橋は言葉の刃を振り下ろした。
「失せろ」
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