知らぬが地獄
その日は強い雨の影響で大学の講義が中止となり、自宅でダラダラとしていた。テレビでは、大雨洪水警報の対象地域を報道しており、俺の故郷もその中に入っていた。大丈夫かなと心配になり、俺は両親に連絡を取る。幸い、父も母も出張で家を開けていた。だが、七橋とは連絡が取れなかった。もしかしたら…と俺は考えたが、即座にその可能性を捨てた。あいつに限ってそんなことは、と。しかし、テレビの報道は緊迫した面持ちで恐ろしい事実を伝える。
『速報です。情報でによりますと、現在の記録的な豪雨の影響で広島県の河川が氾濫したとの事です。視聴者から送られてきた映像では、猛烈な勢いで濁流が近隣の家屋や学校を飲み込んでおり…』
唖然とした。報道で伝えている場所、映像の様子はまさにオレがかつて住んでいた場所だった。確かに俺の高校は川の麓にある学校だから、豪雨による自然災害の影響を最も受けやすい場所であることは確かだ。
しかし、それでも、目の前にある現実を理解はできても受け入れることは難しかった。かつて俺と七橋が出会ったあの飼育部の活動場所ももはや濁流の中で、そこにあった水槽や兎小屋は見ることなど出来ない。
死んだ?あの兎も、亀も、鯉も?そんな、そんな馬鹿な。
しかし心のどこかで事実を冷静に理解している。誰かが助けようとしない限り、彼らは死んでしまっているだろう。
欠片の冷静さの中で、俺はただひたすらに祈り続けた。メッセージが来ることを。七橋が生きていることを。
しかし、雨が上がっても、遂にメッセージが来ることは無かった。
俺はそれでもと、七橋を見つけるため、即座に用意を済ませ故郷へ戻った。
いや、そこはもはや、故郷とは言えなかった。そこにあったのは、濁流が全てを飲み込み、何もかもが無くなってしまった土地だった。あるとすれば、どこから手をつけたらいいかも分からない瓦礫の山だけ。かつて温もりを感じた故郷の姿など、どこにもなかった。
まず俺は避難所へと足を運び、歩き回って探したが七橋の姿は見えなかった。
俺は一縷の望みにかけて、ホワイトボートの「探しています」欄に、七橋均、と名前を書いてその場を去った。
この時点で探すべき場所は正直無くなった。俺はすがる思いで高校へと歩く。かつての通学路から見ることが出来た住宅街は見る影も無く、もしかしたら夢なんじゃないか、と思った。というより望んでいた。でも、吹き抜ける風や足の疲労感は現実のそれであり、瓦礫道となってしまった通学路は本当のことなのだと否応なく理解させられる。
一心不乱に歩き続け高校についた俺は、今回の自然災害の凄まじさを再確認する。濁流の痕から、三階の辺りまで水が侵食していたことが分かる。これ程か、と呆然となったが、当初の目的を思い出し飼育部の活動場所へと赴く。七橋は卒業してもここへ来ると言っていた。それならばあいつはここにいるのではないか。
冷静になって考えてれば、当たり前の事だった。あの濁流は全てを飲み込んだ。映像から、ここにいたすべての動物が死んでしまったことも理解はしていたはず。それならば、あいつがここにいるわけが無い。
何もかもが無くなった活動場所を見て、途方に暮れる。あいつは、一体どこにいるのだろう。
その時、俺は見つけた。それが幸運か不幸かは分からない。だがとにかく俺は見つけたのだ、倒れている人を。やはりここに来ていたのか、それとも…。
俺は叫びながら近寄る。
「七橋!」
反応はない。ただただ倒れているだけだ。
俺は七橋に触れる。ゾッとした。冷たかった。生きていると信じる俺の心さえも凍えさせる冷たさだった。
「おい!冗談はよせよ!目ェ覚ませよ、おい!七橋!」
俺の声は虚空に響くだけで、返事がくることは無い。この状況に至っても、俺は信じたかった。七橋は生きていると。これは夢なんだと。だが、尚も冷たい身体を抱える内にこれは事実なんだと理解せざるを得なかった。
「頼む…誰でもいいから助けてくれ…」
その時、カラン、と妙な音がした。不思議に思い振り返ると、そこには荘厳な装飾が施された鍵があった。
後から振り返ってみれば、疑問の1つでも湧いていい状況だった。だがその時の俺は、何かに突き動かされるようにその鍵を不審がることも無く拾った。
さらに俺は、拾った鍵を死んでいる七橋の身体に突き立てる。そして、奇跡を祈るように、その鍵を回した。まるでネジ巻人形のネジを回すように。
その時、不思議なことが起こった。
七箸と鍵が白くに光だし、粒子となって消え去ったのだ。
理解の範疇を超える目の前の出来事に、愕然とする他なかった。何が起こったのか、これはやはり夢なのか。頬をつねる。痛い。なら、これは一体?
考えても考えても分からず、結局俺は校舎を探し回ったあと、下宿先へと帰った。
そしてそれから1週間ほどたった後、この世界にシシャが現れたというニュースが報道された。
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