第1話-18「財布」
「この学校のメイン出入口は二か所。昇降口とピロティだ。昇降口には事務室があり常に事務員が常駐している。学校関係者でない者が通ろうとすれば間違いなく目撃される。一方のピロティは君たちが体育の授業中に猿みたいに駄弁っていたのだからこちらからも出られたはずがない。では犯人は何処から出たのか」
これだけ人の目がある中で目撃証言がなかったのなら、どうやって抜け出したか。
見つからないように抜け出すとしたら。
自分ならどうするか、桐也は考えてみる。
「人目につかない、トイレの窓から抜け出すとか?」
桐也の回答に、立花もそうだと頷いて。
だが立花曰く仮にそうだとすれば疑問点が残るらしく。
「そこまで人目につかないように逃げるやつが、横井にだけ見つかったのはおかしいと思わないか?」
「確かに……。人が近づいてくるのがわかったら隠れてやり過ごすよね」
「その通りだ」
とはいえ、と続けて立花は。
「偶然隠れる場所が近くになく横井とすれ違わざるを得なかったという可能性も、まぁなくはないが、かなり低い可能性だろう」
と、左手の人差し指と親指とで少しだけ隙間を作りながら言う。
一通り話し終えたのか、ふぅ、と一息ついて立花は。
つまり、と総まとめに入る。
「横井は怪我をしたふりをして十分の間に教室に戻ってお金を盗んで保健室に行った。そして昼休みに再び教室に戻ったタイミングでお金がないと騒ぎ、犯人を見たということで自分は犯人ではないと印象付けようとしたわけだ」
これだけ不可解な点が重なれば、犯人と言えるかもしれないと、桐也も理解する。
しかし、それでも桐也には納得できないことが一つ残っていた。
「そう聞くと横井が犯人なのかなって思うけど、確実な証拠はあるの?」
ここまでの話は立花による推測の話で。
何か物的な証拠だとか、横井が盗んでいるのを目撃したとか。
そう言った横井が犯人だと確定させるものはどこにあるのだろうか。
立花はだが何食わぬ顔で。
「そんなものはない」
証拠はない――?
つまりこれは本当にただの立花の推測で。
もっと言ってしまえば立花の思い込みという可能性もあるわけで。
それだけで犯人だと、そう言ってしまってよいのか。
桐也は少し考え込むが。
立花がそんな桐也の意図を汲み取ってか、続ける。
「これだけ状況証拠がそろっていれば十分だろう。そもそも私たちは犯人を捕まえようとしているのではなく、お金が返ってくればそれでよかったんだ。だからこそただの論理的帰結というわけだよ」
「難しいことはよくわからないけど、確かにお金が返ってきたならそれでいいか」
桐也は考えるのをやめて立花の言う通り、お金が返ってきたからそれでよし、という思考に落ち着いた。
うんうん、と口の端を上げて頷く桐也に、だがやはり半目を向けた立花は。
「何も難しいこと入ってないと思うんだが……。君がいいならそれでいい」
と少し悲しげに呟いた。
「それで、横井が犯人だってことは納得したけど、どうしてお金が返ってきたの?」
「それは君、これだよ」
そう言って立花は横井の机に手を突っ込んで。
中を弄ったかと思えば、四角い何かを取り出した。
見覚えのあるそれは、立花が一昨日入れたもので。
「君の財布? そういえば横井の机に入れてたけど、それがどうしたの?」
「察しが悪いな。犯人だけにわかるようちょっとした仕掛けを施したんだよ」
「犯人だけに……」
いったいどんな仕掛けなのか。
全く想像もつかない桐也は直角に首を曲げた。
説明しなければ分からないだろうと決め込んで立花は。
「君に貰った紙に『君のしたことを知っている。元に返せば大事にはしない』と書き、財布に挟んで机に入れておいた。もし横井が犯人じゃなければただのいたずらとして残念お金は返ってこないが、もし犯人であれば、財布と知っているという意味深長な書置き、これですべて思い至る。従って翌日にはお金が返ってくるということだ。財布が戻ってこないと困るから『財布はまた机に入れておいてくれ』という文言もつけ足しておいたが」
面倒くさそうに、一気に全部説明する。
桐也もすべてを完全に理解したとは言えないが、なにやらそれによってお金が返ってきたらしいと理解して。
「君は本当に頭がいいね」
ただ純粋に思ったことを桐也は言う。
立花は少し桐也の顔を見つめると、どうやら本気で何の裏もなく言っているらしいと判断して。
「やはりそういうことを直接面と向かって言われるとむず痒いな」
と、目と唇を波型に揺らして身震いをする。
また変わった様子を見せた立花に、桐也は息を呑んで。
「また怒らせたかな」
「いや、褒められ慣れてないだけだ。ありがたく賛辞を受け取っておこう」
波を止めて、揺れ動いた心を落ち着けるように静かに目を閉じて立花が答える。
その様子を見た桐也は満足げに。
「君も少しは素直になったみたいだね。君が素直じゃないと僕の尊厳がいくつあっても足りないから僕としては喜ばしいよ」
これまでになく深く頷く桐也に。
ぴくっと眉を動かして立花は。
目を見開いて、人ではなくただの物体を捉えるように桐也を見て。
「たった一つの命令で二度と戻らないほど尊厳を踏みにじることは容易だが、試してみるか?」
ゆっくりと、じわりと楽しむように口角を上げて言う。
快楽殺人犯に追い詰められた人の気分を味わいながら桐也は。
「そういうところが良くないって言ってるんですけどね!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます