第1話-17「怪我」
「盗みが起きたと思われる一昨日の四時間目、体育の授業をしていたな」
「そうだね」
説明の起点となる時間を、桐也も思い起こすようにと確認を取る立花。
桐也もその意図を組んで頷く。
「前半終わり際に横井が足を挫いてしまう」
「結構派手に転んでたからね。思わずみんな駆け寄ったよ」
「保健室に行くことになるが、付き添いはいらないと断った」
「一人で歩けるくらいの軽い怪我だから他の人の授業を邪魔するほどでもないって」
桐也も立花の思考を何とか理解しようと、補足をしながら考える。
「そして保健室に来た横井は終業まで、十分ばかり養護教諭と話して帰っていった」
ここまでは特に何かあるというわけでもなく、桐也の知った通りの情報だった。
立花は桐也が付いてきていることを確認すると、ギアを変えるように、
「さて、試合は何分だったかな」
立花は当然覚えているが。
桐也の理解を促すためにあえて質問して。
しっかりと思い出しながら、桐也は確かに答える。
「前後半二十分ずつ」
「そうだ。そして君は後半が終わるのは終業ぎりぎりになったと言った」
「購買組がパンを買い損ねるって騒いでたしよく覚えてるよ」
「横井が怪我をしたのが前半終了時、後半が終わったのが終業ぎりぎり。保健室で話していたのは十分程度。どれだけ短く見積もっても横井が保健室に来るまで十分はかかっていることになる。保健室は一階にあるんだ。いくら何でも時間がかかりすぎじゃないか?」
「確かに普段なら数分とかからずに行けるだろうけど。横井は怪我をしてたし、それくらいかかってもおかしくはないんじゃないかな」
立花の説明に、桐也は問うてみるが。
だが立花はそれに答える材料を持っていたようで、止まることなく続けた。
「歩くのに支障があるほどの怪我なら君の言う通りだ。だが横井は付き添いを断るくらいには一人で充分歩けていた。さらに言えばそのあとも普通に階段を上り下りし、放課後も一人で帰っていったんだろう?」
「確かに……」
そういわれると横井の怪我は大げさなものではなく。
職員室にまで肩を貸そうかと尋ねたときも断って、何の問題もなく一人で行った。
しかし、それだけで――犯人といえるのかどうか。
「でも、ただゆっくりと歩いてたっていう可能性もあるよね。それだけで犯人というには無理があるんじゃないかと」
腑に落ちず、訊ねる桐也に。
立花は静止するように手をあげると。
「そう焦るな。君の言う通り授業をさぼるために大げさに言った可能性はある。さすがに私もこれだけで犯人だというつもりはない」
立花は桐也に理解を示しつつ、だが桐也には考え及ばぬ何かが見えているようで。
まだまだ話は残っているというように桐也をなだめる。
「そうして授業が終わった後、皆がお昼を食べ始めるころに教室に戻ってきた横井がお金が盗まれたと言った」
「そうだよ! 横井も盗まれてたんだ。やっぱり犯人は別にいるんじゃ」
「お金が盗まれたことが犯人でない理由になるものか。そのお金が盗まれたというのは自己申告制だろう? 自分が犯人だと疑われないために嘘を吐くことはいくらでもできる」
はっとしたように腰を浮かせて言う桐也に。
哀れみを充分に含んだ目で見る立花が切り返す。
中途半端に腰を浮かせた桐也は、そのまま静かに椅子に腰を落として。
「そんなに疑った目で人を見てたら疲れちゃいそうだね」
何の悪気もなく、というより深く考えずに思ったことを口にして。
「急に侮辱するとはいい度胸だ。第一発見者を疑うのは捜査の基本だと思うが?」
「貼り付けた笑顔怖いごめんなさい」
夜中に廊下で見かけてしまった日本人形を思わせる、無機的な笑顔で。
日本人の奥深くに植え付けられた恐怖心のようなものを煽られた桐也は。
心臓が総毛立つような、物理的でない身の危険を感じて。
ノータイム全力謝罪でもって話の続きを待った。
「それで教師に事の次第を伝えに行ったわけだが、横井が犯人らしき人物を目撃していた。特徴は身長一七五前後で全身黒っぽい服装、マスクにこれまた黒い帽子を被っていた。と、お誂え向きに私が犯人ですと言わんばかりの格好だな」
「よく覚えてたね」
一昨日桐也が説明したとはいえ、それを寸分の違いもなく覚えていて。
桐也は聞いたことを割にすぐ忘れる方なので、立花の記憶力には驚かされる。
「ところがそれだけ目立った特徴でありながら校内での目撃証言はない」
「でも君も言ったじゃない。その程度のありふれた格好なら記憶にも残らないって」
「それは街中での話だと言っただろう。君の記憶には何も残らないのか?」
すぐに忘れるにすべてをという修飾をした方がいいかもしれない。
そんな自分の不甲斐なさにほろりと涙を流した。
目撃証言がないというのなら、どうやって抜け出したのか。
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