第1話-14「そして」
◆◆◆
翌日は何事も、担任から事件の進展を聴くこともなくいつも通り一日が終わった。
翌々日――桐也が学校に行くと、教室が何やらざわついていた。
――何があったのだろう。
そう思いながら自分の席へ向かうと。
机の上に茶封筒が置いてあった。
桐也は一瞬、なぜ茶封筒が?と思ったが、周りを窺ってはっとした。
肩にかけた鞄を滑り落とすように乱雑に床に置くと、茶封筒を手に取る。
そしてその中を確認すると――
そこには二万円が入っていた。
思わずあっと叫びたくなったが、すんでのところで抑える。
桐也は落ち着いてもう一度周囲を見回す。
茶封筒を手にしている生徒はほかにも数名いて、そのすべてが先日お金を盗まれた生徒たちだった。
まだ来ていない生徒もいるが、その生徒の机の上にも同じように茶封筒があった。
(まさか本当に返ってくるなんて……!)
期待していなかったわけではない。
しかしそれは今週末を見据えた願望ありきの期待で。
現実的に考えれば返ってこないではないかという思いも十分にあった。
立花が手助けしてくれたことを知っている桐也でさえ期待半分諦め半分で。
何も知らない他の生徒からすれば寝耳に水で棚から牡丹餅のようなもので。
茶封筒を受け取った生徒とその周囲の人数人のいくつかのグループが喜びや疑念を口々に言っては、まぁお金が返ってきたのなら、と話していた。
しばらくして、横井が教室に来た。
横井の姿が見えたとき、教室の幾らかの人が横井に向けて大きな声で話しかけた。
横井も驚いているようで茶封筒を確認してさらに驚きの顔を強くした。
ひとしきり他と同じような会話を終えると、朝の準備のため横井の周りから人がはけていった。
そんな様子を何をするでもなくぼんやりと眺めていると、ふと横井と目が合った。
――一応横井と少し話しておこうかな。
一昨日は僕のことを気にかけてくれていたのだ。
お金が返ってきたのなら横井とも少しくらい話をするべきかもしれない。
桐也は席を立って横井の方へと向かう。
横井もそちらへ向かう桐也の姿に気づいたのか、手を止めて桐也を待った。
「お金、返ってきて本当に良かったね」
「あぁ、そうだな」
「一昨日はありがとうね。助かったよ」
「俺は何もしてないよ」
そう言って笑みを浮かべる横井は、汗がいい具合に滲んでいて。
肩にかけたスポーツタオルも相まって何かのCMに出てきそうだと思った。
だが朝からこんなに汗をかいているのはなぜだろうか。
初夏とはいえ朝はまだひどく熱いというわけでもない。
「そんなに汗かいてどうしたの?」
目を開いて、疑問を投げかける桐也に。
横井はタオルで汗を拭きとりながら。
「ちょっと朝練をな。走ったりはできないけど筋トレとかできることしておかないと体が鈍っちゃうからな」
なるほど、サッカー部のエースなだけあって意識も高いらしい。
「そっか。無理しないように頑張ってね」
部活に入っていない桐也にはそこまでの熱量を理解してあげることはできないが。
それでも怪我を心配する気持ちは本物で。
桐也なりの言葉をかける。
横井はさわやかな笑みを顔に浮かべると一言お礼を言った。
そんな感じで軽く会話を済ませて、朝のホームルームを待った。
担任がやってきて、お金が戻ってきたという話を聴くと生徒たちと同じように驚いていたが、良かったと軽く済ませていつも通りの風景に戻っていく。
桐也は放課後になったら立花に良い報告ができると胸を弾ませて。
今日一日ろくに授業に集中できていなかった。
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