第1話-11「意図」
桐也は呪詛を溢すのをやめ、その虚ろな目でかろうじて立花を捉える。
しばし考えること数秒。
今度は魂が零れそうなため息を吐いた。
目線も宛所なく虚空を見つめていた。
生気のない桐也の様子に、
「ここで放心していても二万円は現れないぞ。少なくとも私からは絶対に出ない」
立花は僅かに顔をしかめた。
――この男は私が二万円出すことを期待しているのか。
一言もそうはいっていないが、その言動を見る限り。
二万円が必要だといって。
だが他の何も解決策をとろうとするでもなく。
ただ立花の前で悲愴にくれている。
であれば、立花が解決することを待ち望んでいるのでは、と。
これまで人の言外の意を読むことを常に求められてきた立花はそう思って。
目の前の男の言外の意を推察して、冷たい目を向ける。
「別に君が出してくれるとか、他の誰かが出してくれるとは全然思ってないけどさ」
だが桐也は。
そんな立花の心中を察してか知らずか、それを否定して。
当たり前のようにそう言って。
だがやはりいまだ死んだ目をしていて。
――こいつは何を考えているんだ。
立花には理解しえなかった。
これまでも裏の意図を把握しがたい人間は幾らかいた。
だが、須く立花に近づく人間には何かしらの意図があって。
話をしているうちにその片鱗が必ず見えてくる。
――意図が伝わらなければ話す意味がない。
自分の思うように動いてもらわなければ困るのだから、話しているうちに、相手が理解していないと感じるとだんだんと雑に、その意図が知れてくるものだが。
この目の前の男の意図は――。
もう一度、桐也の目を見た。
しかしその目には何も、目の前にいる立花すら映していないようで。
――全く読めない。
こんなに意図の読めないことは初めてで。
立花は頭を抱えそうになる。
しかし冷静に、目を閉じて深く息を吸う。
そして改めて桐也を見つめ、考えた。
目の前の男は何を考えているのか。
何を求めているのか。
私がお金を出すとは思っていないと言った真意は。
だが、それらが意味するところはやはり分からない。
どう考えてもこの男にメリットのある結論が導き出せない。
――であれば。
立花は論理の組み立てを一から始め直す。
結論が出ないときは大抵の場合、前提条件が間違っている。
そう考えれば、結論は簡単に導き出すことができて――。
しかしその結論に立花は自信を持てなかった。
これまでそんな人間は見たことがない。
あまりに非合理的で無意味。
愚かであるとすらいえるその結論に。
だが否定する材料もこれまで経験したことがないという非論理的な理由しかなく。
立花は恐る恐るといった風に、口を開いて、意を決して。
「君は特に何の意味もなくここにいるのか?」
あまりにストレートな質問に。
だが、導かれた結論と、ここまでの会話で明らかになった桐也の脳みそでは。
これくらいストレートに聞いた方が良いだろうと思って。
――突然の、今までで最も意味が分からない質問に。
桐也は面食らって一瞬、動きが止まった。
呪詛も魂も引っ込み、ちょっとの間の後で質問が頭に届いた。
――何の意味もなくここにいる?
桐也は考えてみた。
――何の意味もない。
果たしてその回答は。
桐也はこれ以外ないだろう、と何食わぬ顔で。
「君と話してるからここにいると思うんだけど」
あまりにも当然な回答に、桐也は逆に不安になりながら。
こちらも恐る恐ると立花の顔を見た。
だがそれは立花の想定通りの――むしろ想定以上にハッピーな回答だったか。
今度は立花が困惑の表情を浮かべた。
「僕なにか変なこと言ったかな?」
慌てて桐也は手をあたふたと振りだす。
――そうか、と立花は。
「君のような人は初めてだよ」
真っ直ぐ、ただ桐也を見つめる立花に。
桐也は少し不思議に思いながらも、笑顔で返す。
「そうかな。どこにでもいるような普通の人間だけどね」
「いや、むしろ普通より頭が悪い」
「褒められてなかった!?」
憎まれ口をたたきながらも初めて、少しだけ口の端を上げた立花に。
桐也も笑顔をさらに満面のものとして。
にこにこ、という効果音さえ聞こえてきそうな顔で立花を見つめる。
あまりにも見つめてくるものだから、立花はだんだん居心地が悪くなって。
「それで、こんなところで話していても二万円は返ってこないぞ」
はっきりと話題を戻した。
立花の顔は再び人形のように冷たく整った様子になって。
桐也はその早変わりにぎょっとしつつも、また気を落として答えた。
「そうだよね……」
放っておくとまた呪詛やら魂やらが零れてきそうな様子に。
立花は、であれば――と。
「何かしら考えるべきだと思うけどね」
やはり生気のない、よぼよぼになった顔を上げて桐也は。
「考えるったって、街での聞き込みもできないっていうし他にできることなんて」
「君はどうして二万円が必要なんだ」
呆れた様子で、腕を組み立花は問う。
第一に状況を整理しなければ何も見えてはこない。
「今週末に妹の誕生日があって、そのプレゼントを……」
指先をちょんちょんと合わせながら口をとがらせて言う桐也。
――妹へのプレゼント。
立花は少し考えるような間をおいて。
「妹へのプレゼントに二万円もするものを送るとは、ずいぶん溺愛しているんだな」
「プレゼントを渡す時だけ妹が素直にありがとうって言ってくれるんだよ」
遠い目をして、フフフと笑みを浮かべる桐也は。
哀愁をさらに色濃く、目を剥いて続けた。
「プレゼントがなくなったら僕はもう妹の笑顔を見られないんだ……ッ!」
何にもかえがたい苦痛とでもいうように。
桐也はこれまで以上に泣き出しそうな顔で叫んだ。
そんな世界の終わりを横目に。
立花はうるさいな、とでも言いたげな目で。
「何をプレゼントするんだ?」
「大きなぬいぐるみだよ。毎年そうなんだ」
――毎年大きなぬいぐるみをプレゼント……。
少しだけ胸が高鳴るような気もする、と立花は静かに思いながら。
「妹には悪いが今年は小さなぬいぐるみにするだとか」
「妹の笑顔なしで僕に死ねっていうのか!?」
少し言葉がめちゃくちゃだが。
これまでで一番大きな声で叫ぶ桐也に。
思わず目も耳も塞いだ立花が少し声を荒げて。
「大きな声を出すな!」
「ごめん……」
あまりに昂った感情を、立花に叱られてなだめる。
だがそのあまりに鬼気迫った様子の桐也に。
ぬいぐるみを小さくするという選択肢はないらしい、と立花は理解して。
だがそうなると――と。
「今週末では手作りというのも厳しいな。新たにお金を得る手段もないとなると」
しばし考えて。
桐也は次に出るその言葉を待った。
「やはり取り戻すしかなさそうだな」
立花は言った。
――取り戻す?
桐也は考えた。考えたが、分からなかった。
「どうやって? だって僕が街で犯人捜しをしようとしたら止めたのは君だろ」
ない頭を振り絞って、だがそれは確かに立花に止められたことで。
しかし立花は意に介する様子もなく。
「それは街で目撃証言を聴こうとしたからだろう。それに目撃証言なんて必要ない」
説明を受けても、桐也にはさっぱりわからない。
――そもそも目撃証言が必要ない?
ではどうやって犯人を見つけるというのだろうか。
「何か罠でも仕掛けるの?」
「そうだな、似たようなことにはなるかもしれない」
なんとも理解し得ない解答に。
桐也は頭に疑問符を無限に増やしながら。
立花はそもそも桐也の理解など期待していないというように言葉を続けた。
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