第1話-8「桐也は現場に戻ってくる」

 似てる、と桐也は思った。

 思春期の女子は皆こんな感じなのだろうか。

 今も図書館で勉強しているだろう妹を思って、桐也は目の前の少女を見る。

 若干の嫌悪を交えた目に睨まれて。

 だが、桐也は構わず話を続ける。

「地縛霊でも保健室から出られるの?」

「人を勝手に殺した挙句、保健室に閉じ込めるな」

「まさか実在したなんて」

「君は私を何だと思ってるんだ」

「保健室の貴重なベッドの一つを占領する不届き者」

「事実なだけに言い返しづらいな……」

 終始優勢な立ち位置を保っていた立花が、目を逸らして答える。

 その様子を見て、桐也の感じる威圧感が少しだけ薄まって。

 代わりに年相応のあどけなさが見えたような気がした。

 立花は居直るように、再びしかと桐也を見つめると、まぁ、と続けた。

「私が実しやかその様に呼ばれていることも知っているからな。今更何ということでもない」

 これまでの会話は、特に何も問題はない、と――そういうように頷く。

 それでひと段落として。

 桐也も改めて立花を――その手元を見て、

「そういうプリントって自分で取りに来るの? 先生が届けてるのかと思ってた」

 また、ふと思ったことを訊いてみた。

 いつも教室に来ていないのなら、放課後だろうと来ていないと思っていて当然で。

 プリントなんかを取りに来るために教室まで来るとは驚きだった。

 立花は苦虫を噛み潰したように、口の端を引き攣らせながら――

「養護教諭のいらん気遣いのせいだ」

 思い出すように、一つため息をついて、一つ呆れるように、短い言葉一つの間に様々な養護教諭の話を思い出したようで。

 立花は疲れたように肩を落とした。

「体が悪くないなら自分で取りに行けと、そういうことらしい」

 心底面倒くさそうに、立花は手元のプリントを半眼で見遣る。

「なるほど。それで他の生徒に合わないように放課後に取り来てたのか」

 特に普段全く顔を見せないクラスメイトと遭遇すれば、ひどく気まずいだろう。

 桐也も深く頷きながら立花の話を聴いた。

「そういうことだ。なのに……なぜ、君はここにいるんだ!」

 立花も深く頷き、桐也と立花の間に確かな相互理解が生まれたように見え。

 しかしそんなことなかった。

 桐也こそ、会いたくないクラスメイトなのだから。

 当然、立花は現在進行形で気まずいわけで。

 頭を抱えるようにして立花は唸った。

「毎週この曜日この時間帯は誰もいないはずだったのに……!」

 誰もいないタイミングを見計らうために、物陰から様子をちらとうかがっている立花の姿を想像して、少し微笑ましいと思いながら。

 桐也は自分がこの時間まで残っていた理由を、改めて告げた。

「盗みが出たから一人ずつ話を聴かれて、最後まで僕が残ってたってわけ」

 桐也自身もこんなに遅くなるとは思わなかったが。

 ――まぁその一因として、寝過ごしたこともあるのだが。

 自分のことは棚に上げて、担任に対して口をとがらせる。

 しかし立花は納得できないようで――

「だとしてなぜ教室に戻ってくる。そのまま帰ればいいだろう!」

 という至極真っ当な意見を述べた。

 立花の言うことは尤もで、他の生徒――横井も職員室から帰っている。

 ではなぜ桐也が教室に戻ってきたのかといえば。

 桐也はその空いた手で頭を掻いて。

「教室に鞄忘れちゃったんだよね」

 と、気の抜けるような声で言った。

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