第1話ー5「立花というクラスメイト」

◆◆◆



 ――放課後。

 担任に言われた通り昼休みの後は五、六時間目を皆おとなしく受けたが。

 犯人が捕まったという連絡はついになかった。

 帰りのHRで担任は、盗まれた人ひとりずつ話を聴くから順番に職員室まで来るようにとだけ言い残して去っていった。

 生徒たちの間からはため息や盗まれた人を気遣うような声が上がっていたが。

 順番は部活や用事ある人優先で、桐也は最後。

 本来は買い物に行く予定だったが、お金を盗まれたので暇になってしまった。

 二万円を盗まれたその衝撃はその後も尾を引き、午後の授業は心ここに在らずという集中具合で、内容は何も覚えていない。

 今も偶然できたこの時間で特に何をするでもなく、ただ腕を投げ出し机に突っ伏しているだけだった。

 だらしなく空いた口から白い魂が漏れ出ていると言いたくなるような溶け具合で。

 帰り支度をして横を抜けていく生徒たちも、寒空の下酔いつぶれて路上に転がっている人を見るように、心配三割忌避七割といった目で桐也を見ていた。

 ――このまま天に還れば幸せになれるのかしら

 しばらくして、本格的に魂が体という器を捨てて真の自由を手に入れようと。

 白い魂のしっぽが口を離れようとしたところで。

「本当に災難だよな、西野」

 突然の語り掛けに驚いた魂は腹の奥底まで引っ込んだ。

 腹の奥底を吐くような衝撃に桐也は跳ね起きて目を大きく瞬かせた。

 声のした方を振り向けば、そこには今日はなんだかよく見る横井が立っている。

「そうだね……二万盗られた僕もだけど、横井は怪我してお金まで盗られてだからね……」

「お互い今日は運がないな……」

 言葉は桐也に共感と慰めを含みつつ、それでも大げさに肩をすくめる。

 あまりに落ち込んでいる自分を元気づけようとしているのだ、と横井の気遣いに深く感心する。

 傷心の桐也を気遣ってそれとなく励ましてくれているのだ。

 今はその心遣いに甘えて、そっと心の中で感謝した。

 胸部が大きく膨らむのが見てわかるほど深く息を吸う。

 そして心に纏った邪気と一緒に息を思いっきり吐いた。

 気を取り直して、桐也は応えた。

「早く犯人が捕まるといいね」

「ごめんな、あの時俺が捕まえてれば万事解決だったんだけどな……」

 整った顔に苦笑いを浮かべ、横井が返した。

 ――イケメンはどんな顔をしててもイケメンなのだと感心して。

「いやいや、横井は何も悪くないよ! 盗まれたってわかってない状態でただすれ違った人が怪しいだなんて誰も思わないもの!」

「そういってくれると助かる」

 横井に罪悪感を与えたような発言をしてしまったと、慌てて訂正するが。

 にかっと笑う横井に、冗談だったと気づく。

 気遣いもリーダーシップもあって、さらに自虐的なネタもできる。

 あまりの完璧超人っぷりを見せる横井に、桐也は後光すら見え始めそうだった。

「んじゃそろそろ俺の番だから行くわ。確か俺の後が西野だったよな?」

「そうだね」

「それじゃまた職員室前で会うかもな」

 手をひらひらと振って、片足を若干かばうようにして教室の扉へと向かう。

 横井も本来は部活組で早い順番で回ってくるはずだったが、四時間目の体育で怪我をしたために今日の部活は休みにしたようだった。

「大丈夫? よければ職員室まで付き添うけど」

「気にすんなって!」

桐也は歩き去る横井の背に投げるように声をかけたが、横井は大丈夫、と答える。

「ほら、この通り歩けないほどの怪我ってわけじゃないから」

 そういって横井は少し大げさに歩くそぶりをして――

「おっととと」

 近くの机に倒れこんで手を突いた。

「ちょっ……大丈夫?」

 桐也はがたりと椅子から立ち上がると横井のそばに駆け寄った。

「悪い悪い。やっぱり調子には乗るもんじゃないな」

 ははは、と笑いながら机に手を突いた状態から体を起こすが。

「さて、これ拾わないとな」

 机に倒れ込んだ衝撃で、その机に入っていた大量のプリント類が雪崩のように床に零れ落ちていた。

 体制を低くするために腰を落とそうとした横井を桐也は静止して。

「僕が拾うよ! 怪我してるんだから無理はしすぎないで」

「悪い、ありがとうな」

 代わりにプリントを拾い集める。

「にしてもすごい量のプリントだな」

「そうだね。ざっと見、数週間分は溜まってる気がするね」

 半分ほど拾い集めたところで、その厚さはノート一冊分ほどはあった。

「この席って立花……だったよな?」

 立花と呼ばれた人物は。

 このクラスになってから一度も教室に顔を出したことがなく。

 ただ籍はあるので机と椅子は常に置かれているという生徒の名前だった。

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