第5話 薩摩示現流 対 宿木自在流


「さっさと逃げればいいものを」


 風に乗って傘を開き、青年は志麻津の元に降りる。


「おじさんだって、さっさとアレ出せばいいのに。黒い閃光。狙って出せないんだよね。サイコロを振って、二の目を出さないと、発動しない」


「ならば出るまで振ればいい」


「いいの? ハズレの目だってあるよね? さっきの六の目。あれがきっと、おじさんにとってハズレの目でしょ?」


「…………」


「二の目のあの技、あんなものをばかすか連発されたらどうしようもないよね。でも、こうも思うわけだ。その武器の名前は『吉凶剣』。二の目が『吉』だとすれば、『凶』の目はどれだ? ってね」


「…………」


「二の目の技の強大さを見ると、それとバランスを取るならば、使用者にダメージが行くハズレってのが、理解が早い。六の目の効果を見るに、おそらくそうだろう?」


「だったらどうした。運こそ誰にも操作できない、邪魔できないもの。私の命運は神にだって操ることは出来ない」


「運も実力のうちってことかよ」


「左様。薩摩の未来を見届けよ。神は、サイコロを、振らない!! 『吉凶剣 禍福多重』!!」


 いくつかのサイコロをばら撒く。

 なりふり構って居られなくなったようだ。


「だから、俺がそれに付き合うかっての! 宿木流『照降り傘』!!」


『照降り傘』は攻防一体の傘による連撃。志麻津にサイコロを見る暇を与えない。


「見つけたんだぜ。あんたの戦法の穴! サイコロの目を、実際に目にしないと技が発動しないってな!」


「ぐっ……!」



 ◆


 いつわとの作戦会議。

 いつわが口を開いた。


「替えのサイコロがある、というのが引っかかるの。サイコロを振り、その目の技が出るだけならば、替えのサイコロなんて要らない。振ればその目の技が瞬時に出るはず」


「俺みたいにサイコロを吹っ飛ばす人もいるだろう」


「吹っ飛ばしたサイコロの技が発動していないでしょ? これは、サイコロの目を実際に、使用者が確認しないと発動しない、と見るべきね」


「要は、サイコロの目を確認させなければ、たとえ運悪く『二の目』が出てしまっていたとしても、技は発動できないってことか!」


「そういうこと。運は操れないから、運抜きの実力勝負といきましょ!」


 回想終わり。




 ◆


「どうして刀を捨てた?」


「……薩摩を護るためよ」


「護るためなら、手段を選ばないってか」


「護れるものも護れないで、矜恃を護る武士など恥。宇宙の脅威から薩摩を守る為ならば、手段を選ばず、手枷に、運命に身を任せるも一興。若僧には分かるまい」


「あぁ、分からねぇな」

 傘と手枷の鍔迫り合い。

 傘の芯の棒が、ミシッと嫌な音を立てた。


「薩摩の志から逃げて、運に身を任せるなんて、そんな弱虫の言い訳、俺にはちっとも分からねぇよ。この傘一本で、俺の矜恃をお前に分からせてやる。テメェの志ひとつ護れねぇで、日本なんて護れるかよ!!」


 傘が折れた。真っ二つになった傘を、傘と呼べぬ何かを両手に持ち、青年は名折れの武士の前に立ちはだかった。


 心に芯の通った志を持って。


 傍から見れば、大馬鹿者にしか見えない。ゴミ同然の傘を持って、今から何を証明しようとしているのか。

 死にに行くだけだ。そんなことは誰も目にも明らかだった。

 しかし、その行動が、志麻津の目にはとても眩しく映ったのも事実。


 己の矜恃を捨て、薩摩のために手枷を取った。

 薩摩のせいにして、運のせいにしてこの場にいる自分と、どんな姿になろうとも自分を貫く青年とを比べ、自分がとても惨めに見えてしまった。


 刀を持たず、手枷をした自分が、みすぼらしい罪人のように見えて、一瞬目の前が真っ暗になってしまった。


(私は……、俺は何をしている……?)


(毎日木刀で素振りをしていた、強靭な両腕を、俊敏な足捌きを捨ててまで、辿り着いた境地が、ここなのか)


(まるで流刑地だ。根城にしていた仙巌苑が、俺を蔑んでいるかのようだ)


(木刀一本で何が出来る? 強靭な両腕も、俊敏な足捌きも、あの宇宙人の隕石で粉々になろう)


(薩摩を護る。その矜恃だけでは、何も護れない。護れや、しない)


(これは、薩摩のためだ。俺一人の、ちっぽけな矜恃を、信念を棒に振り、代わりに手に入れた強さ)


(俺のこの心に空いた穴を、お前の力で埋めてくれ。塹魂枷……! この身も心も全て、お前に捧げる。俺を、薩摩を、お前に任せる……!! 迷いは、無い……!!)



「うおぉおおぉおぉおお!!!」


「っと。ちっとは本気になったかよ! 宿木流『雨傘蛇』!!」


『雨傘蛇』は傘の柄をフックのようにして、足を崩す技。だがしかし、志麻津の繰り出した示現流特有の足捌きによって、五の塹『見参』に近い速さの移動で攻撃をかわされた。


「完膚無きまでに葬る。それが私の、俺の……!!」


 志麻津が落ちたサイコロのひとつに辿り着いた。

 目を確認する。目を、見開いた。


「六の塹……、『無惨』!! ぐわぁああぁぁ……」


「あちゃー、運が悪かったね。隙あり!!」


「ぐっ……、まだ、まだまだぁ!!」


「宿木流『端折つまおり傘』!!」


 目の前のサイコロの目を確認し、再び志麻津は叫んだ。


「ろ、六の塹、『無惨』!! うぅううぐ……」


「運が悪いね。大丈夫。あんたの実力のせいじゃない。あんたの不運のせいだ」


「がっ……次、こそ、だ……」


 この時点で気付いても良かったかもしれない。

 サイコロの目を見るために動いた志麻津の歩みを、青年は全く邪魔していない。

 サイコロの目を確認する志麻津を、その不運を見届けようとしていた。


 黒い刃が身体を走り、視界が狭くなっていた。

 しかしその歩みも、次のサイコロを確認すると、止まった。


「六の塹……『無惨』ああぁあぁぁあああ!!!」


 志麻津は膝を付いた。作業着はボロボロ、まるで刀に抱きしめられたように傷付き、宇宙人を一掃したときの見る影はなかった。


「六の目ばかりが……?」


 (天命なのか? 運命なのか?)

 (これが薩摩の答えなのか?)


 ついに倒れてしまう。ごつごつした石にうつ伏せになった。


「枷のせいにして、運にすがって、それがお前の強さだって言うのか?」


 青年は、追撃をしなかった。

 地に伏す愚かな罪人に、トドメをささなかった。

 その心に、志に、一番聞きたくない言葉が突き刺さる。


「運も実力のうちってか。笑わせんな!!」


「それが、薩摩の答えならば……」


(薩摩のせいに、してしまった──)


「運に見放されても、神に見捨てられても、実力さえあれば最強だろうが!!」



「俺は……」



(俺は……、まだ、戦えるのか?)

(心はまだ、折れていないようだ)



「鹿児島には、示現流っていう、最強の剣術があるんじゃなかったのかよ。俺に、最強のアンタを見せてくれよ」


「……薩摩よ、許してくれ」


 志麻津は立ち上がった。憑き物が落ちたような、スッキリとした顔をしていた。

 手枷を外した。転がる石の上に、塹魂枷が落ちる。石にヒビが入った。相当の重みがあるようだ。


 近くの地面に添え木が刺さっていた。荒れ果てた庭園の木々の一部。その一本を引き抜く。そして、木刀のように構えた。

 その構えは正しく、薩摩示現流の構えだった。


「朝に三千。夕に八千……」


 木の棒を握り直した。その木の棒を、まるで一振の刀のように、切っ先を青年に向けて。


「島津示現流 改派 志麻津 義菱」

「……宿木自在流 当主 宿木 ひょん」


 名乗りを受けて、青年もすぐに返した。


「礼はしない。行くぞ」

「気にするな。俺も行く」


 青年は、にやりと笑った。

 鹿児島の地に、二人の男が向き合う。


 木の棒を持った武士。

 折れた傘を持つ青年。


 ここで、全てが決する。


「示現流は、初撃を外せ。ってのは聞いたことはある。一撃必殺ってことか。逆に、アンタは自在流を知らないだろうから教えておく。自在流は、何でもしないと、勝てないぜ?」


「無論、この一撃に全てを賭ける」

 左足を前にした、上段の構え。



「示現流改派 奥義『無心斬』」


「宿木自在流 傘奥義『鬼傘鳴きがさなり』」





「いざ尋常に、勝負!!!」




 轟音が鳴り響き、静寂が場を支配した。


 宇宙人と戦った時の再演か。

 しかし、これが鹿児島における、最終決戦だった。


 二人のうち、一人は崩れ落ち、一人は立ち上がった。


 鹿児島の地に両の足を踏みしめた、強者は誰か。



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