第4話 不詳武将・恐将 志麻津 義菱
一瞬でも仲間だとか、共闘だとか、そういう考えがあったことを恥じた。
彼はいつわにとってただの他人。さっきそこで会っただけの第三者。空から隕石が落ちてきたり、宇宙人が瞬殺されたり、命の危険があれば取って代わられる、切って捨てられる間柄。絆なんて何も無く、口約束と言っては名ばかりの、契約もない通りすがりの赤の他人だったのに、だ。
ここには単身で乗り込んだのだ。相棒も相方もここにはいない。誰かを頼りにしてはいけない。誰かの命を当てにしてはいけない。誰かの命を盾にしてはいけない。自分の命を計りにかけ、自分の命を賭して立ち向かわなければならない。
どうやって?
戦術は?
相手の戦法は?
こちらの武器は?
考えを止めるな。
思考を諦めるな。
作戦を怠るな。
攻略を放棄するな。
やる前から投げ出すな。
目の前から逃げ出すな。
相手は『不詳武将』。志高い令和の武士だ。
戦闘能力で勝てないのなら、志を折れ。
何をしてでも勝て。
勝ちをもぎ取るまで、背中を向けるな。
「震えて逃げも出来ぬか。笑止」
「ふふ、ははははは」
いつわは笑った。膝はがくがくと震えた。
口から発せられるもの、全ていつわの武器だ。
武者震いなのか。恐怖で震えているのか。
これからの行いの結果でそれがどちらかが決まる。
負けるまでは負けないのだから。
相手の戦術は未知数。
伝説の武器、『吉凶剣 塹魂枷』による未知の攻撃。
あんな攻撃をばかすか放たれては勝ち目などない。
弱点は無いか。
彼の戦術に、穴は無いか。
こちらの武器は……?
やはり、周りを見渡しても、荒れ果てた仙巌苑が広がっているだけで、作業着姿の男といつわの二人しか見当たらない。
小隕石により無理やりほじくり返された地面が、景観を損ねていた。隆起した地面が、陥没した地面が、宇宙人の能力を思い出させた。そしてそれを一瞬で一掃した、強大な志麻津の力をより鮮明に、色濃く思い知らされることになった。
流麗な、洗練された仙巌苑の『借景技法』も見る影もない。戦う場所を選ばなければ、一般人の命に危険が及んでいたのかもしれない。不幸中の幸いか。
いや、これはもう、どう甘く見積もっても幸いなんかじゃなかった。不幸中の、災いだ。
「確か先程は二人いたな。一人は逃げたか。否」
志麻津は足元に落ちた石ころのようなものを拾い、再び落とした。
サイコロに見えた。
サイコロ? どうして?
ここからじゃよく見えない。
いつわは勝つために動いた。
身体が勝手に歩いていた。
「1の目だ。ここぞと言う時に、やはり運は私に味方している。塹魂枷 一の塹。『残滓』」
彼の手元から、黒いもやが現れた。それは風に一切動じず、彼の身体を纏い、かと思いきや彼の背面に弧を描いて、何も無いはずの石の地面に付いた。
と同時に、その黒いもやが着地した、彼の背後の隆起した地面が動いた。
石ころ模様の大風呂敷のようなものが
タクシーに忘れられた置き傘、紺色の雨傘を剣のように見立て、志麻津に殴り掛かる。
「宿木流『
「面白い」
志麻津は背後からの不意打ちを見きったように上半身を軽く躱しただけで避け、青年の傘を持つ腕を掴み背負い投げをした。
傘で突撃した力をそのまま推進力として投げ飛ばされた青年は、空中で一回転をして受け身を取る。
志麻津はサイコロを拾い、まだ転がした。
「……五の目。塹魂枷 五の塹。『見参』」
次の瞬間、志麻津の身体が消え、空中で志麻津の方に向き直っていた青年の、さらに背後に志麻津がまるで瞬間移動をしたかのように高速で移動した。
しかし、今度は青年もその動きを見切ったように、空中で傘を開いて、志麻津の繰り出した攻撃を払い除けた。
「宿木流『傘歯車』」
開いた傘を回転させて、攻撃の勢いを殺す。そのまま少し離れた地面に着地した。
「五の塹、『見参』は敵の背後に瞬時に移動する技。初手で見切られるのは、初めてだ」
「おじさんは『不詳武将』の武士だろう? 武士が目の前から消えたとしても、まさか背中を見せて逃げることはしない。それなら、俺の背中を狙って移動したと考えただけだ」
「ふん。地面と同化して身を隠す『隠れ身の術』を使う、忍者か? 貴様は」
「忍者も出来るよ。俺は勝つためなら手段を選ばない。あんたと同じさ。刀を捨てた侍さん。だが、勝つために武士として一番大切な志を捨てた、刀を持たない侍に、俺は負けないぜ」
「…………」
「その妙な手錠。鎖は三尺くらいあるが、動きづらそうだ。戦うためにはただの手枷、ただの邪魔だ。だけれどそれがあんたの戦法には必要不可欠ってんなら、それがかの鹿児島県に伝わる伝説の武器『吉凶剣 塹魂枷』なんだろうな」
「武士の志は刀などではない。武士は心に刀を持つ。心が折れぬ限り、私は負けはしない。『吉凶剣 塹魂枷』を持ってして、薩摩国独立を果たすまでだ!」
志麻津はサイコロを拾い、また放り投げる。
「サイコロの出た目で攻撃内容が変わる。その不規則な攻撃に俺が付き合う道理はない、ぜ!」
転がったサイコロをゴルフのスイングよろしく、青年は吹っ飛ばした。何の目が出たかは分からなかった。
「宿木流『
「何を相手にしているのか。敵はサイコロではない。私では無いのかな?」
サイコロを吹っ飛ばした後のがら空きの背中を狙い、後ろから手錠の鎖を使って首を狙う。
間一髪でしゃがんで避けた石の地面を転がって回避した。
距離を開けると志麻津は懐からサイコロを取り出した。
「いくつ吹っ飛ばしてもいいぞ。替えのサイコロはまだある」
「!?」
足元で転がるサイコロは四の目を向けた。
「四の目か。塹魂枷 四の塹。『山茶花』」
志麻津の足元から一直線に、地面を這う黒い刃が波打った。左に転がって避ける。志麻津は青年から距離を取り、続けてサイコロを拾って投げる。
「三の目。塹魂枷 三の塹。『鼠算』」
地面を這う刃が三連続で、青年を襲う。
「宿木流『傘傾げ』」
傘で咄嗟に防ぎきれず、空中にふわりと浮いて逃げる。その隙に志麻津はサイコロを投げる。
「宿木流『壁礫一閃』」
志麻津が投げたサイコロを青年が投げた石で弾いて飛ばした。
「そのサイコロを全て弾いてしまえば、ただの手枷を付けたおじさんだよな!」
「神はサイコロを振らない。『吉凶剣 禍福三重』」
志麻津は懐から出したサイコロを三つ一気に投げた。全てを弾き飛ばすのは難しいか。
「投げたサイコロを弾くがいい。私の攻撃の手は、緩めない。塹魂枷 奥義『
サイコロを弾き飛ばすのを諦めて、青年は志麻津を迎え撃つ。
「じゃ、おじさんの運に任せてみるか。何の目が出ても、対処すればいいってことで!! 宿木流『傘一本』!!」
搦手からの手枷鎖の捕縛を傘の先端を鎖の輪の中に突き刺すことでいなす。
「宿木流『雨傘蛇』からの連結! 即興奥義『手枷足枷』!!」
傘の取っ手の部分を使い志麻津の足を引っ掛け、鎖の輪の中に突き刺した傘の先端を振り回すことによって志麻津の動きを封じて倒した。
「ぐっ!」
しかし、志麻津が投げたサイコロが、彼の目の前に落ちていたことを見逃していた。
倒れた志麻津を見下ろし、青年は拳を握る。
「宿木流『弁天……」
「一・五・六の目! ……五の塹『見参』!!」
青年の真後ろに志麻津が瞬間移動した。傘の枷から脱却し、青年から距離を取る。
「っ……、六の塹……『無惨』! ぐわぁああ!!」
黒の刃が志麻津の身体を這い、苦しみだした。
「……っと。今のうちに」
志麻津からの追撃は無かった。落ちていた傘を拾う。
「2さえ出れば。すぐにでも終わらせる。神はサイコロを振らない。……四の目。……四の塹『山茶花・
地を這う黒い刃が風に乗って走る。
「宿木流『傘鉾雲』!!」
風を利用して青年はいつわのいる入口付近に飛んできた。
紺色の傘は、最初見た時よりもボロボロで、どうやって風に乗ってきたのか不思議なくらいだ。
あの黒い刃は、触れるだけで刀のように傷ついてしまうらしい。
「さぁ、いつわ。作戦会議だ。あのめちゃくちゃな武器。大数の法則を知っているだろう。サイコロを投げられれば投げられるほど不利だ。もう一度あの
一巻の終わり。第一章で終わるなんて、あんまりだ。
「逃げたかと思ったじゃないの」
「お姉さんが逃げないのに、俺が逃げられるかっての」
青年は口をとがらせた。
私は逃げようとしたけど足が動かなかった。彼はあんな途轍もない、途方もない攻撃を目にした途端、近づき、攻撃を仕掛けに行った。しかも、傘一本で!!
彼の戦闘スキルは把握した。ここは彼に手伝ってもらう他ない。あの危険な武士に近づく絶好の機会。これはピンチでもあるけれど、最大のチャンスだ。
これでもタクティクス・コーディネーターの端くれ。
戦術専攻。
敵の攻撃方法を分析、こちらの勝ち筋を算出する。
敵の攻撃手段は6通り。
1の目は、一の塹『残滓』。
黒いもやが相手の痕跡を知らせる、索敵の技。
2の目は、二の塹『超吼天塹』。これが私たちにとってハズレの目。
見たら逃げに全振りしても、きっと逃げきれない。
黒い光が全てを音もなく薙ぎ払う。
3の目は、三の塹『鼠算』。
任意の技か、一つ前の技をもう一度、複数回使う技?
4の目は、四の塹『山茶花』。
地を這う黒い刃。空中に浮かべることも可能。攻撃力は凄まじく、触れると危険。
5の目は、五の塹『見参』。
相手の背後に瞬時に移動する。
6の目は、六の塹『無惨』。
黒い刃を纏い、己を強化する技?
サイコロを投げて、出た目の攻撃。
替えのサイコロを持ち、一度に複数投げることもある。
一方。こちらの武器はボロボロの傘と石ころ。
「あの妙な武器さえ何とかすれば、こっちには勝ちの目があるぜ」
「どこから来るの、その自信?」
「なんとかできるか? いつわ」
なんとかするしかない。
実はひとつ、あの武器の弱点を、
その穴が突破口になるか、落とし穴となってしまうか。
「
「応よ。結末は俺次第だ」
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