第3話 手遅れのラリッサ

 鹿児島ラーメンは、見た目はこってり。だけれど意外とあっさりとしていて、大満足。私のお腹は満たされた。


 また逆方向のバスに乗るのも時間があったので、徒歩で近くの私学校跡に行ってみた。


 石垣に空いている無数の穴が、まさか銃弾の跡とは思いもしなかった。明治政府軍と西郷軍の激戦の跡。命を懸けた戦いには、傷つくこともあるだろうか。

 銃で狙われたらひとたまりもない。避けるとか、逃げるとか、そんな暇はないだろう。

 やはり、私一人では何もできない。非戦闘員の私では。


 石垣を撫でる。ゴツゴツとした固い石にも、穴が空いてしまう。穴。そう言えば、鹿児島県の武器『吉凶剣 塹魂枷』の『塹』の字は、「あな」とも読むらしい。塹壕の「塹」の字。

 その剣は、このような石垣に「あな」を空けてしまうような武器なのかもしれない。


「こんなところにいたよ。ひどいな。話も聞かずに逃げるなんて」


 私の歩く道を塞ぐように、先程のナンパ男が現れた。


「ちょ、たんま! 逃げないでよ。お姉さんの胸に付けた日本国諜報幹部のバッジ。知ってるよ。この非常事態の対処に駆り出された諜報員のひとり、なんでしょう?」


「……、どういうこと?」


 諜報員のひとり?

 私以外にもいるってこと?


 彼は石ころを片手でもてあそびながら続けた。

「俺もいくつかの情報網コネがあってね。そもそも宇宙から侵略されて、日本各地で都道府県が独立するような異常な非常事態、お姉さんひとりに託されるなんて荷が重いでしょ。あの『雪キツネ』が、そんな無茶で成功確率の低いことをするわけが無い。他の諜報員にも同じようなことを、鹿児島県以外の各地に、それこそざっと47人くらいには命令しているんじゃないかな」


 確かに。

 いくら私がスーパーエリート超絶有能な部下だとしても、初任務にしては少しだけ、荷が重いかもしれない。

 だとすると、神奈川にいた私に鹿児島に行けとは、ちょっと色々考えて欲しかったところもあるけれど。

 九州に、他に諜報員いなかった?


「……あなたは?」


「俺の名は宿木やどりぎ ひょん。俺は諜報員では無いけれど、こう見えていっぱしの戦闘員だよ。名を挙げて出世したいのさ。そのためには、お姉さんのような、俺の成果を上に報告してくれる諜報員を探していたんだ。この広い日本のどこかにいるはずの、ね」


 あれはナンパじゃなかったのか。

 いや、まだわからない。

 私のスーパーセクシーボディと、メガネからチラリと覗く魅惑の瞳にやられてしまっていても、おかしくはない。


「お姉さん、自己評価高いね」

「心、読めるの?」

「お姉さんの顔が全て物語ってるよ」


 しかし、だ。

 彼の戦闘力は未知数。

 手を組むには、万全を期す必要がある。


「俺の戦闘力を測りたいだろうが、俺の方こそ、お姉さんの戦略、構想力は未知数だ。お姉さんがただの報告係で、足でまといになっちゃうならこちらから願い下げだよ」


「そ、そんなことはないです! 私はこう見えて、戦略の奇抜性とひらめき力(だけ)なら幹部いちだったんですから!」


 ズズーン!!


 轟音が響いた。

 音の方を見ると、強い光が空から放射されていた。

 とても、日本規模のことではない。

 宇宙人。この鹿児島にもついに、宇宙人の侵略の手がやってきたというのか。


「あっちは『仙巌苑』だ。急ごう。武器の所持者が変わるかもしれない」


「あ、はい」


 こうなってしまっては経費削減と言っていられない。漁夫の利で、武器が第三者に渡ってしまうおそれもある。タクシーで「仙巌苑」へ急いだ。


「お姉さん、名前は?」



 彼は助手席に、私は後部座席に乗った。

 一応、適度な距離を置かれていて、少し安心した。

 ナンパ男ではなかったらしい。


「いつわ。そう呼んでください」


「オーライ。じゃあ俺のことは「ひょん」と呼んでくれ」


「呼びにくいですね」

 舌を噛みそうな名前だ。


「じゃあ、しばらくは「どりどり」でいいよ」


「その距離感はちょっと」


 間をとって、『やどりぎさん』と呼ぶことにした。


「やどりぎさんの戦法は、何ですか?」

 相手の志麻津 義菱は薩摩示現流の剣士だと聞いている。やどりぎさんは、見たところ何も持っていない。徒手空拳で戦う拳士なのかもしれない。


「いや、特に何も。というか、何でも、かな」


「何でも?」


「宿木自在流って聞いたことない? 武器は何でもいいよ。いつどこで戦闘になっても相手を殲滅できるように俺たちは鍛えてるんだ。それこそ」


 タクシーに忘れられた一本の傘を手に持った。


「こいつは最高の武器だ。持っていこう」


 傘が武器??

 護身術、みたいなものなのだろうか。

 誰もいないよりはマシか。私の盾となる人がいた方がいい。


 タクシーを目的地の少し前で降りた。

『仙巌苑』。

 実際の景観を庭園の構成に取り入れる『借景技法』を使い、桜島を築山に、鹿児島湾を池に見立てた、広い景色と素晴らしい景観が特徴。

 薩摩藩主島津氏の別邸とその庭園が、約5ヘクタールもの敷地に広がる。別名磯庭園。

 東京ドームの広さが約4.7ヘクタールだから、それよりも広い。

 充分に、宇宙人と戦えるくらいの広さだ。


 門から中に入り右側に少し進むと、異質な二人が向かい合っていた。


 一人は濃い灰色の繋ぎを着たおじさん。

 一人……は、青白く光る身体をした、明らかに人間ではない何か。上半身は人間の女性のようだが、背中から触手のような、しっぽのようなものが4本生えているが、人間のような足も2本あり、それで立っている。

 幸か不幸か、敵対勢力が二人とも揃っていた。


 庭園は遮蔽物が少なく、二人の会話がこちらまで聞こえた。

 宇宙人の方が口を開く。

「対地球宇宙軍テラメア所属。第七連合軍『天上天牙イエロー・ハイロゥ』。四絶が一つ。『饒舌エージェント・タンジェント』二位。手遅れのラリッサ。参上致しました」


「ふん」

 宇宙人に対する人間の立ち振る舞いではない。左足を前に出し、迎え撃とうとしている。

 彼こそが志麻津 義菱だろう。


「あなたが、気に食わない『四十七つの大罪』の所持者、ですね。本当に、気に食わない」


「だったらどうした」


「消えてもらいます。星屑となってね」


 青白い触手の一つを顔くらいの高さに挙げた。


「『四十七つの大罪』は、四十七つ全て揃うと、強大な力を持つそうですね。と、いうことは、たった一つであれ、破壊してしまえば他の四十六を破壊したことと同じ。そうでしょう?」


「私は他の武器に、他の地に興味はない」


 彼の手元には、かの武器があるのだろう。

 一体どのような形状をしているのだろうか。

 鹿児島県に伝わる武器。『吉凶剣 塹魂枷』。


「私が望むのは『薩摩国』の独立。邪魔するのなら、斬る」


「あくまで引かないつもりね。人間というのは、本当に愚かね。こうして青白く光り、誰が見ても分かりやすく私が危険であることを示してあげているのに。本当に気に食わない」


 もう片方の触手を空に掲げた。


「でも、もう、手遅れ」


 空の雲が不自然に移動し、宇宙からこの仙巌苑までの道を避けたように見えた。


破砕襲撃破ラブルパイル・クライシス!!!」


 大気が揺れる。

 大地が恐れる。


 空が、斬られた。

 一瞬の出来事。

 白い閃光の刃が眼前に広がる庭園に突き刺さったように見えた次の瞬間、私は後ろに吹っ飛ばされた。


 轟音。

 庭園の石が、岩が、持ち上がる。木々が、地面が、盛り上がる。地形を変える。地球を壊す。


 宇宙規模の攻撃が、鹿児島を襲った。


 白煙が少しずつ視界を開く。

 宇宙人の攻撃の正体を、私はしかとこの目で見た。


 隕石だ。


 宇宙に周回する地球周辺の小さな塵、屑、小隕石を呼び寄せて、この地に落としたのだろう。

 私が生きているということは、そこまでの大きさではなかったのかもしれないが。

 触手を掲げて数瞬の間にこの有り様だ。

 宇宙人侵略。

 この規模の攻撃を繰り出されてしまったら、繰り返されてしまったら、鹿児島はえぐり取られて無くなってしまう。


 独立なんて生易しい。

 消失してしまうのと比べたら!!


 至る所に小隕石の爪痕が残る。

 綺麗にならされた小石の波が、うねりが不自然にえぐり取られる。深さ数メートルの穴ぼこが、小隕石直撃の衝撃の恐ろしさをこれでもかと見せつけた。

 私学校跡の石垣に残された無数の穴を思い出した。

 逃げるとか、避けるとか、そんな暇はまるで無かった。

 相対したらすでに、もう、手遅れなのだと悟った。


 しかし、その中に佇む人影がひとつ。

 作業着姿の男。

 すぐ傍を隕石が通過したのにも関わらず、その足を決して離していなかった。

 彼にとって鹿児島は、『薩摩国』は護るべきもの。

 決して、逃げるわけにはいかない、ということか。


「神はサイコロを振らない」


 耳が、うまく聞こえない。

 彼は、一体なんと言った?


 彼の手元から、石ころのようなものが転がった。


「……こいつは幸先がいいな。『2』の目だ」


 左足を前に出し、構えた。

 薩摩示現流の構え。

「喰らえ。塹魂枷 二の塹。『超吼天塹』」


 彼の手元から、黒い光が放たれたように見えた。

 その光は白煙を一直線に切り裂き、宇宙人まで伸びた。


 先程とは真逆だった。

 音もなく。それはあっという間に通り過ぎた。


 大気は揺れず、

 大地は恐れず、


 ただ、全てを薙ぎ払った。

 青白い肉塊が、ちぎれた残りカスが力なく倒れた。


 静寂。

 周囲の静かさとは反対に、頭の中は目まぐるしく混乱が渦巻き、騒がしい程の危険信号を鳴らしていた。


 彼の足元から一直線に伸びた轍。

 何があったのか分からなかった。

 その黒い轍を残して、強大な敵対勢力のひとつは、あっという間に消え去った。


 単純に考えれば喜ばしいことだ。

 しかし、それは同時にもうひとつの懸念を呼び起こす。


 私は今から、この化け物を相手にしなければならない。

 空から小隕石を呼び寄せる程の怪物を、一瞬にして薙ぎ払った化け物と戦わなければならないのだと。


 私が居たのは、門の前だった。

 その門も、小隕石の攻撃にやられ、見る影もないが。


 逃げ道は、すぐそこだった。


「そこのお前」


 彼が指さした。その先にいるのは、私。


「ここは今人払いをしている。立ち入っていいのは、敵だけだ」


 射抜くような鋭い眼差し。彼が私を見た。

 目が合う。


 彼は武士だ。

 覚悟が違う。

 日本を、鹿児島を守ろうとする、覚悟のある目だった。


 私のような、命令されたから出張ってきたような、やわな志では、相手にならない。気圧されてしまった。


「そこは出入口だ。戦わないなら、どけ」


「や、やどりぎしゃん、ここは一度出直して……え」



 見渡すとそこには、私しかいなかった。

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