薄黄色の外灯

 おれと冬は、いわゆる幼なじみだ。同じ保育所に通って、同じ小学校に進学した。家が近所だったから、放課後なんかはよく2人で過ごした。お互いに友だちが少ないので、遊べる相手がお互いしかいなかったのだ。それで、小学生の頃はよく、2人で散歩をしたり、公園に行ったりしていた。


 実里と別れたあとにやって来たこの公園も、あの頃のおれたちの行きつけの場所だった。


 ブランコが二台と2人がけベンチが一台。そして、四隅に1つずつ外灯が立っているだけの、小さな公園。


 そんな寂れた公園をお気に入りスポットにしていたなんて、どんな小学生だ、と思いつつ、おれはゆっくりとベンチに腰を下ろした。続いて、冬がおれの隣に座る。


「私ね」


 冬が突然話し始めた。おれたちは長年の付き合いがあるため、最近の2人の会話は、もっぱら何の前置きもなく始まる。


「なに?」


「さっき実里が言ってたでしょ、『過去は過去だ』って。私も実里みたいに、過去のことなんか引きずらないで、明るく生きていきたいな、って思った」


「ああ‥‥」


 冬に言われるまで忘れていた。そういえばさっき、実里はそんなようなことを言っていた。


 木下実里。まず、名前が良く出来ているなと感じる。

 それに加えて、抜群の運動神経が備わっている。成績も悪くない。容姿に関しても、体格が小柄で、愛嬌のある顔立ちをしている。コロコロ変わる豊かな表情も相まって、まるで小動物みたいだ。

 見るからに明るくて、いつも周りに人が集まっていて、楽しそうに笑っている。

 木下実里は、その名前のように、良く出来た人間だ。


「実里みたいに、明るい人間になりたいってこと?」


「うん。でも、私みたいなやつが、今更変われないか‥‥」


「う~ん‥‥まず、実里みたいな明るい人間は、自分のことを『自分みたいなダメなやつ』とか思わないんじゃない?分からないけど」


「あー‥‥そうだよね、やっぱり考え方からして根本的に違うんだ‥‥」


 冬はこうして、明るい人間と自分とを比較しては、自分の性格の暗さに失望している。冬の落胆した姿を、おれはよく見かける。


 正直、おれは冬がそこまで落ち込む理由が分からない。根暗といえど、冬は容姿端麗、成績優秀。そしてやさしい。冬にはちゃんと、長所があるのだ。たとえ性格が根暗だとしても、美人で、頭が良くて、やさしいのだから、それでいいじゃないか。


「根暗なことくらい、どうってことないんじゃないの?そりゃ、まあ、明るいに越したことはないんだろうけど‥‥」


「でしょう?明るいに越したことない。誰だって、暗い人間と一緒にいるよりも、明るい人間と一緒にいる方が良いって思うじゃない?」


「まあ、その嗜好は、人によると思うけど‥‥冬はつまり、誰からも好かれるような人間になりたいってこと?」


「いや、みんなから好かれたい、とか、そういうんじゃなくて‥‥」


 そこで冬が言葉に詰まった。

 おれは内心、焦った。冬とは勝手知ったる仲だから、ついついストレートなことを口にしてしまう。


 『つまり、みんなから好かれたい』。冬がそう考えているわけではないことは分かっていた。でも、冬がどうしてそこまで明るい性格になりたがっているのか、それがやっぱり分からなかった。冬が何を言いたいのか分からなくて、結論を求めるあまり、きつい口調になってしまった。


 謝った方がいいだろうか。

 おそるおそる、冬の方に視線を移す。


「‥‥冬、ごめん」


 おれの隣に座っている冬は、おれに聞かれまいと声を殺して、静かに泣いていた。

 大きな瞳を涙で潤ませて、何かをこらえるように唇を噛み締める冬の姿は、あまりにも悲しかった。


 泣かせるつもりなんてなかった。冬を傷つけたいだなんて、全く思わない。ただ、冬が何を考えているのか、冬の気持ちを知りたかった。


 相手の気持ちも考えないで、自分の心の赴くままに振る舞ってしまう。おれの悪い癖だ。幼稚で、恥ずかしい、嫌な癖。


 隣で肩を震わせる冬に、なんと言っていいか分からなくて、ただもう一度「ごめん」とだけ伝えた。


 冬は、おれの謝罪の言葉に驚いて、慌てて「ちがうの、日暮が謝らないで!」と言った。


「いや、今のはおれの言葉がきつかった。わるい、あやまる。本当にごめん」


「え、いや、ちがうのちがうの!ほんと、日暮の言葉に傷ついたとか、そんなんじゃなくて‥‥ていうか、私が謝らなきゃ!突然泣いたりして、本当ごめんね。また日暮に迷惑かけちゃった‥‥」


「‥‥」


 おれの思考は、しばし停止した。

 いよいよ、冬の考えていることが分からない。

 おれの言葉に傷ついたんじゃないなら、じゃあ何に傷ついたのか。どうして泣いているのか。どうして、今、そんなに悲しいかおをするんだよ。


「冬。今、何考えてるの?」


「わかんない‥‥。本当に分からない、自分でも‥‥。ごめん、本当に‥‥。ただ、‥‥」


「ただ‥‥?」


 無意識に、冬のことを見た。もうすぐ電球が切れてしまいそうな外灯の薄明かりに照らされた冬は、やっぱりどうしようもないほど悲しい表情をしていた。でも、冬のその表情を見て、暗いかお、だとは不思議と思わなかった。


 頬を伝う涙を制服の袖で拭って、冬が言う。


「私、好きでこんな風になったんじゃない‥‥」


 その言葉を聞いて、おれは、初めて冬の本音を知った気がした。

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日暮 @oorasen

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