晴れ間
え、と驚いたような声を出して、冬が後ずさる。
得意なうえに、自分自身も大好きなバレー。バレー部入部1年目にして、見事、チームのレギュラー入りを果たした。それを良く思わない部員によって、陰口をたたかれるなどの辛い経験をしたが、それでも実里は、その辛さを乗り越えてまで、女子バレー部のレギュラー選手として、練習に励み、チームに貢献し続けた。
一見すると、それは美談である。もともと恵まれた身体能力を持つ実里が、困難を乗り越えながら、さらに高みを目指していくストーリー。実里のバレーへの情熱、そして実里の健気さが読み取れる、いい話だ。
冬もそう思ったのだろう。困惑した表情で、純粋な質問を投げかける。
「頑張ったのに、それがダメって‥‥どうして?実里は、人一倍努力してるのに‥‥」
「確かに、わたしは人一倍努力した。でもさ、バレーって、団体競技なんだよ。だから、いくらわたしが上手にプレーしたってさ、そのわたしをよく思わない仲間がいたら、チームの連携上手く取れないよ」
バレーに限らず、団体競技では、自分の技術の向上を仲間とともに目指すのもさることながら、その団体内での自分の立ち位置も、上手く調整しなければならない。仲間同士でいざこざがあると、たとえ同じチームに所属していても、揉めた相手のことを『仲間』だとは感じられない。その心の微妙な隔たりは、いざチームで競技に参加するとなったときに、チームのパフォーマンスの障害になり得る。なんとなく心の距離があるので、なんとなく協力する気になれないのだ。そうして、仲間同士の連携が徐々に崩れていく。
部活なんてどこもそうだろうが、団体競技系の部活においては特に、部員との良好な人間関係を築くことが必要だろう。チームのためにも、自分のためにも。
「わたしね、今までこんな経験したことなかったんだ。みんなより抜きん出てても、『すごい!』って言ってもらえてた。自分ができること精一杯やって、『生意気』とか、『調子乗ってる』とか、そんな風に言われるなんて、考えたこともなかったよ」
ばかだよね~、と実里は笑う。そんな実里を、冬は心配そうにうかがっていた。実里の気持ちが心配なのだろう。こんな話させちゃって、ごめんね。そう言いたげだ。
「じゃあ、今までされたことなかった誹謗中傷にびっくりして、それでバレー部やめたってこと?」
「あはは、誹謗中傷なんて、日暮は大げさだなあ。いつもだけど」
「おい」
「まあ、多少の陰口があって、わたしそれ聞いて思ったわけ。『高校の女バレはめんどいな~』って」
「それで、バレー部やめたの‥‥?」
冬が、なおも心配そうに聞く。実里が辛い思いを隠して、無理して明るく振る舞っているんじゃないか、と気にしているようだった。
「だってめんどくない?『目指すは全国大会!!』とか言って、部員みんなで練習とかも真面目に頑張ってさ、みんな結構本気で勝ちにいってるのよ。じゃあ、わたしも頑張ろう!ってことで、いざ試合で点決めてさ、その試合に勝ってもさ、試合に出れなかった人たち、いまいちうれしそうじゃないんだよね。やっぱり、相手チームに勝ちたい!っていう気持ちはあっても、相手チームを負かすのは、自分でありたかった、って思うんじゃないかな。みんなそれぞれ、練習して、努力して、強くなるために頑張ってきたんだもん。その努力の成果を発揮する場所が、誰だって欲しいよね。みんな試合に出たいに決まってるし、3年生の先輩なんか特に、わたしみたいな1年にレギュラー取られて、悔しいに決まってる」
「実里は、先輩たちのこと、許してるの‥‥?」
「いやぁ、許してるっていうか、先輩たちがわたしのことを良く思わないのも、仕方ないよね、って感じ?ま、わたしと先輩が逆の立場だったら、わたしだって悔しい思いするだろうし。なんていうかさ、先輩のその、『チームが勝ってうれしいけど、自分が試合に出れないのは悔しい。自分だって頑張ってきたのに、チビの1年に先越されてるのもなんか気に食わないし、でも自分が出るよりはあの1年が試合に出た方が、チームの勝ちにつながるだろうし、応援しなきゃいけないけど、でも‥‥』みたいな、複雑な気持ちを想像しちゃったの。そしたら、『確かに先輩は悔しいだろうけど、わたしだって楽してきたわけじゃないし、頑張ってきたからこその今があるんだし、そんなの誰だって同じじゃん。でも、確かに先輩の立場としては悔しいよね‥‥』とか、わたしまで考え込むようになっちゃったわけ!」
「頭使えて良いことじゃん」
「うるさい!日暮は黙ってて!いま冬と話してるの!」
「あ、はい」
さりげなくハブられてしまった。
しかし、さりげなく落ち込むおれをよそに、実里は話を続ける。
「つまりね、先輩もわたしも複雑な気持ちになるし、そんな状態じゃわたしもバレー楽しめないからさ、だからバレー部辞めたの。バレー部いたってめんどくさい気持ちになるだけだし、面白くないし。だったら、もっと楽しいところ見つけて、そっちに行った方がいいじゃん?それで現在、帰宅部で~す」
イエイ、とピースしてみせる実里。その明るい思考といい、その無邪気な笑顔といい、やっぱりこいつは陽キャだ、と改めて思った。おそらく、実里は新しい部活に再入部して、近々帰宅部集会にも来なくなるのだろう。
3人(途中でおれハブられたけど)で話し込んでいるうちに、すっかり外も暗くなった。学校の玄関に座り込んでいたおれたちは、事務員のおじさんに追い出される前に、慌てて外に出た。
「ねえ、実里は‥‥辛くないの?」
校門横のバス停へと向かう実里を引き留め、冬がか細い声でそう問いかけた。
現在、季節は春だが、まだ少し風が冷たい。不安げな表情を浮かべた冬は、その冷たい風に吹かれて、今にも消えてしまうんじゃないかと思うくらい、儚かった。
おれたちより少し先を歩いていた実里は、くるりと体の向きを変え、冬の正面に立った。そして、凍えた冬の心をあたたかく照らすように、やさしい笑みを浮かべて、言った。
「過去は過去だよ」
その時、ちょうど校門横に一台のバスが来た。実里が乗るバスだ。
あ、やばい、と呟いて、実里は早口で冬に語りかける。
「過去は変えられない。辛いことがあったのも、なにも変わらない。でも、過去は変えられなくても、今とか未来とか、過去以外は自分次第で楽しく過ごせるじゃん?だから、バレー部にいたときのことになんて、わたし、もう執着してないよ」
今はとにかくバスに乗ること考えなきゃ!じゃ~ね~!
そう言って、相変わらずの俊足でバスに向かう実里を、実里のあまりの明るさにあっけにとられたおれたちは、2人並んで突っ立って、ただ眺めていた。
バスが発車して、その姿が見えなくなった頃、冬が言った。
「公園行こう」
「ナイスアイデア」
時刻は午後6時。おれと冬は、自分たちの家とは逆方向にある、小さな公園へと向かいだした。
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